7月19日、ミランはAZからティジャニ・ラインダースが加入したことを発表。今夏ニューカッスルへ去ったサンドロ・トナーリの後釜としてミラニスタの期待を集めているクラブ史上17人目のオランダ人選手は、同胞の偉大な先輩たちとは異なる紆余曲折のキャリアを歩んできた。その出世物語をオランダ在住の中田徹氏とたどっていこう。
1年前まで無名。「ティジャニ」の名に違わぬ爆発的成長
かつてメインスポンサーの破産によってクラブ存亡の危機に陥ったこともあり、AZは質実剛健、地に足のついたクラブとして知られている。選手のキャラクターもそう。オランダ屈指のタレントたちは個人技とコンビネーションを組み合わせた美しい攻撃サッカーを披露するものの、浮つく素振りを決して見せない。
ティジャニ・ラインダースは「急がば回れ」を繰り返し、24歳の昨季(22-23シーズン)になって初めてAZのレギュラーに上り詰めた選手だ。それまではフレデリック・ミチュー(現ガラタサライ)というノルウェー代表MFのバックアッパーだった。交代出場、あるいはライバルの負傷・出場停止によって回ってきたチャンスをコツコツと生かしチームの信頼を勝ち得てきた。そして21-22シーズン最後の公式戦、プレーオフ決勝第2戦のフィテッセ戦で悪魔のブレ球ゴールを含む大車輪の活躍によって、背番号24から6への大昇格――つまり22-23シーズンのレギュラーの座を射止めたのだ。
ティジャニというファーストネームは、ナイジェリア代表のドリブラー、ティジャニ・ババンギダに由来する。チャンスメーカー、ボックス・トゥ・ボックスタイプのラインダースにババンギダのような爆発的なドリブルはないが、昨季1年間で示した成長には爆発的なものがあった。
カタールW杯が終わると「オランダ代表で中盤の要を務めるフレンキー・デ・ヨングの相方役としてラインダースが候補になるのでは!?」という声が上がり始めた。今年3月頃には「アヤックスがラインダースに関心を示している」と報道された。6月のネイションズリーグ・ファイナル4に挑んだオランダ代表の最終23名のメンバーに名を連ねることはできなかったが、ラインダースは補欠としてチームに帯同した。
今から1年前、トゥエンテのターゲットだった無名のMFはラツィオやウェストハムを相手にしたカンファレンスリーグの舞台で国際的評価を高めていき、夏の市場の噂話としてバルセロナの名前が挙がった。現実の世界ではミランとの交渉が順調に進んでおり、この7月、ラインダースは17人目のオランダ人選手としてロッソネロの一員となった。
ミランとオランダ人を紡ぐ歴史の始まりは20世紀初頭のフランソワ・メロ・クノーテから。およそ80年後にマルコ・ファン・バステン、ルート・フリット、フランク・ライカールトがファッションの街に降り立ってミラノとオランダの絆が深まっていった。入団記者会見で『Sky』のレポーターがライダースに問うた質問はそのレジュメだった。
――ミランには多くのオランダ人プレーヤーが活躍した歴史があります。特にMFがそうです。フランク・ライカールト、クラーレンス・セードルフ、マルク・ファン・ボメル、ナイジェル・デ・ヨングといったMFがいました。ミランファンは彼らと素晴らしい関係を築きました。あなたはこのことをどう思いますか?
「私は小さい頃から彼らの映像を見ましたし、今でも時折見ます。いわばレジェンド。彼らと自分を比較するようなことはしたくありませんが、私もここでいい結果を残したいと思います」
ラインダースの答えは紋切り型だった。だが、それで良かった。人々は4人の偉大なMFにしばし思いを馳せ、サンシーロでまだ見ぬ新オランダ人は知的なタイプなのか、クリエイティブなのか、ファイターなのか想像を巡らせる。なにせ7月29日、25歳の誕生日を前にしてラインダースの代表キャップ数はゼロなのだ。
ライカールト、セードルフ、ファン・ボメル、N.デ・ヨングはいずれもティーンエイジャーの頃から騒がれたスーパータレントだった。しかし、ティーンエイジャーの頃のラインダースと言えば……。今から、その話を少しばかりしよう。
まるでコンサルタント。恩師は元プロ選手&アマ監督の父
ラインダースのアカデミー期のキャリアはこうだ。
9歳/ズウォレ。13歳/トゥエンテ。17歳/CSV28。18歳/ズウォレ。19歳/AZ。
ズウォレ、トゥエンテを経て、19歳でAZリザーブチームの一員としてオランダ2部リーグで研鑽を積むキャリアはなかなか悪くない。その中で『CSV28』というズウォレのアマチュアクラブの名前は異彩を放つ。2年後にAZにピックアップされるタレントが、1年間アマチュアで過ごすことは滅多にないことだ。……
Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。