今夏相次いでいる欧州主要リーグからサウジプロリーグへの選手移籍。3季連続でUEFAカントリーランキングのトップを走るプレミアリーグも例外ではなく、すでにエンゴロ・カンテ、ロベルト・フィルミーノ、ルベン・ネベス、カリドゥ・クリバリ、エドゥアール・メンディをはじめとした実力者が引き抜かれているほか、さらなる補強としてジョーダン・ヘンダーソン、ファビーニョ、リヤド・マレズらの名前も挙がっている。このトレンドにイングランドでは批判の声が続出しているが、現地ロンドン在住の山中忍氏は「人の振りを見て我が振りを直すきっかけ」と慎重に捉えている。
プレミアリーグから9チームがアメリカに遠征し、アジアにも3チームが足を延ばす今年のプレシーズン。だが、この夏のプレミア勢にとって最も“ホット”な行き先はサウジアラビアに他ならない。同国政府系の基金である『パブリック・インベスメント・ファンド(PIF)』を後ろ盾とするサウジ・プロフェッショナルリーグへの移籍に関するニュースが伝えられない日はないと言ってもいいほどだ。
イングランドにおいて、金に物を言わせるサウジ勢の補強に批判の声が上がったのは6月後半のこと。32歳だが超一流のボール奪取能力は健在なエンゴロ・カンテがフリーエージェントとしてアルイテハドに加入すると、その3日後には、ウォルバーハンプトンでアンカーを任されていた26歳のルベン・ネベスが、クラブ史上最高の移籍金を置き土産にアルヒラルへと去った。その後も戦力流出の例と噂は後を絶たない。
こうした状況の中、衛生局『スカイスポーツ』のご意見番であるガリー・ネビルとジェイミー・キャラガーは、イングランドが生みの親であるサッカーというスポーツの「真摯なあり方」を理由に反対意見を唱えている。確かに、サウジアラビアの急激な国内トップリーグ強化姿勢、すなわち“オイルマネー”の大々的な活用には、サッカーを利用して国際社会における自国の存在と力量を知らしめんとする下心が透けて見える。それだけに、アルイテハドからの加入要請を、「金銭ではなく、最高と思えるリーグでプレーする選手としての誇りにこだわりたい」としてトッテナム残留を選んだ30歳、ソン・フンミンのような選手には拍手を送りたい心境にもなろうというものだ。
「道徳心を売った」の声に疑問。見直すべきは巷の傾向
しかし、感情的になってはいけない。冷静な目を現実に向ける必要がある。まず、売り手と選手自身も合意していればこそ“移籍ビジネス”は成立する。今夏は人員整理が先決のチェルシーにとって、放出対象組の一員だったCBカリドゥ・クリバリ(アルヒラル入り)とGKエドゥアール・メンディ(アルアハリ入り)を、当人たちも納得の好条件で買い入れてくれたサウジ勢は新手のお得意様も同然。収支の改善が必須のウォルバーハンプトンにしても、バルセロナによる引き抜きを覚悟していたネベスに中東から届いた、4700万ポンド(約86億円)の獲得オファーは嬉しい驚きだったはずだ。
リバプールが、中盤の補強を火急の課題としていながら、ジョーダン・ヘンダーソンとファビーニョの獲得を望むアルエティファクとアルイテハドの提示額を受け入れた背景には、33歳の前者と10月で30歳になる後者の移籍金収入として、出来高性の追加支払いを含めれば合わせて100億円を超える金額は悪くないとの解釈があったに違いない。
両MFの移籍は時間の問題とされるが(本稿執筆時点)、ヘンダーソンはプレミアで「主将の中の主将」とまで呼ばれる人物が「道徳心を売った」として、個人的に非難を浴びてもいる。この点に関しては、サッカー選手が人間としての見本であることを求める巷の傾向を見直すべきだろう。……
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。