クロアチアが羨ましい。似て非なるロシア、ウクライナのサッカー環境に思いを巡らせて
『もえるバトレニ』発売記念企画 #2
5月31日刊行の『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』は、W杯2大会連続でメダルを獲得した“バトレニ”(「炎の男たち」を意味するクロアチア代表の愛称)の強さの秘密、そして彼らを長年取材してきた長束恭行さんのクロアチア愛が詰まった渾身の一冊だ。発売を記念した連載企画の第2回は、ロシア芸術論の専門家でロシアやウクライナのサッカー事情をfootballistaでも伝えてくれている篠崎直也さんが、同じニッチな立場から共感に満ちた書評を寄せてくれた。
※無料公開期間は終了しました。
<ご購入はこちら>
本書『もえるバトレニ』の著者である長束さんとは2021年11月のフットボリスタ・ラボのオンラインイベント「東欧サッカーの魅力を語り尽くす」で対談の機会をいただいて以来、同じ東欧を専門とする立場ならではの苦労や愚痴、「東欧あるある」などを語り合ったりしています。
このようなご縁があり今回書評のお話をいただいたものの、同じ東欧といえどもクロアチア代表はモドリッチを筆頭に煌びやかなスター選手が並ぶ超エリート。ロシアW杯準々決勝やカタールW杯欧州予選での直接対決で紙一重の接戦を演じたとはいえ、ウクライナ侵攻による制裁で今やクロアチアとは雲泥の差となってしまったロシアを主な専門とする私に何か書けることがあるのだろうか……。
恐縮しながら本書を読み始めたのですが、「クロアチアやクロアチア代表に対する認識や評価が日本国内であまりに低いのではないか」(p.4)という一文にいきなり心を鷲づかみにされました。クロアチアが国際大会でどんなに結果を残してもその反響は小さく、『東欧サッカークロニクル』でミズノスポーツライター賞を受賞した長束さんでさえもサッカージャーナリストの仕事を減らしていたとのこと。東欧サッカーへの理解を広めたいという気概にあふれた本書の主軸は「サッカー大国」や「メガクラブ」ではなく、あくまでも人口400万人ほどの小国であるクロアチアの国内事情を背景にしたクロアチア代表であり、それを裏付けるように代表選手たちのクロアチア愛が爆発しているのです。これなら同じニッチな立場から共感に満ちた書評を書いても大丈夫そうだ、という思いに至りました。
ロシア、ウクライナとクロアチアの近さ
もちろん東欧とはいってもそれぞれの国には独自の歴史や文化があり、事情は異なります。それでもスラブ系の人々の顔立ちや体格はよく似ているし、本書に出てくる「ディナモ」といった単語や引用されている諺、優勝や準優勝を「金メダル、銀メダル」と表現するのもロシア語とまったく同じ。上層部の汚職や共産主義の名残はロシアでもお馴染みのものです。2010年のELグループステージでゼニトとハイデュク・スプリトが対戦した際、まだ血の気が多かったゼニトのウルトラスが売った喧嘩を「普通のことだ」と快く買ってくれたのもハイデュクのサポーターたちでした。
本書に登場する人物たちはロシアやウクライナのクラブに所属していた選手やコーチが少なくありません。以下にまとめてみました。
イビツァ・オリッチ(CSKAモスクワ、2003~07年、監督として2021年)
スティぺ・プレティコサ(シャフタール・ドネツィク、2003~07年、スパルタク・モスクワ2007~11年、FCロストフ、2011~14年)
ダリヨ・スルナ(シャフタール・ドネツィク、2003~18年)
エドゥアルド・ダ・シウバ(シャフタール・ドネツィク、2010~14年、2015~16年)
ニコラ・カリニッチ(ドニプロ、2011~15年)
ベドラン・チョルルカ(ロコモティフ・モスクワ、2012~21年)
アリョーシャ・アサノビッチ(ロコモティフ・モスクワ、コーチとして2012~13年)
スラベン・ビリッチ(ロコモティフ・モスクワ、監督として2012~13年)
ニコ・クラニチャール(ディナモ・キーウ、2012年~16年)
ドマゴイ・ビダ(ディナモ・キーウ、2013~17年)
マルコ・リバヤ(ルビン・カザン、2014~16年)
マリオ・パシャリッチ(スパルタク・モスクワ、2017~18年)
ニコラ・ブラシッチ(CSKAモスクワ、2018~21年)
フィリプ・ウレモビッチ(ルビン・カザン、2018~22年)
デヤン・ロブレン(ゼニト、2020~23年)
ティン・イェドバイ(ロコモティフ・モスクワ、2021年~)
これだけでも両国とクロアチア人の関係の緊密さがわかりますが、多くの選手がロシアやウクライナに「慣れるのに時間はかからなかった」とコメントしているように、文化的な近さがうかがえます。それだけに、彼らの強さの要因がわかれば、同じ東欧の国々も成長できるのでは、という淡い期待が……。
忘れた頃に放り込まれるロブレン節、珠玉の小ネタに脱帽
本書の構成は4章に分かれていて、第1章ではEURO2008からカタールW杯予選までのクロアチア代表の戦いをモドリッチのコメントを交えながら振り返っています。東欧では古くはハンガリーのフェレンツ・プスカシュ、ソ連のレフ・ヤシン、90年代にはルーマニアのゲオルゲ・ハジ、ブルガリアのフリスト・ストイチコフ、ウクライナのアンドリー・シェフチェンコ、近年ではポーランドのロベルト・レバンドフスキ、ジョージアのクビチャ・クバラツヘリアなど数十年に1人世界的なスターが生まれ、その国の顔となってきました。低迷する時代を耐え忍びながら、いつか出現するであろう救世主の誕生を待ち望む日々。モドリッチも間違いなくその系譜の1人であり、強靭なメンタルがにじむ言葉の数々を読むと、これだけの人物を「財産」として持っているクロアチアが羨ましくなります。……
Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。