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『もえるバトレニ』の大団円はならず。モドリッチの長い旅は本当にこれで終わりなのか?

2023.06.21

ロシアW杯準優勝、カタールW杯3位という快進撃を続けてきた「モドリッチ世代」に唯一欠けていたのが“金メダル”だった。UEFAネーションズリーグで決勝進出を果たしたクロアチア、準決勝のオランダ戦を前に代表引退をほのめかした偉大なキャプテンの花道を飾る意味でも何としてでも勝ちたい一戦。しかし、その結末は残酷だった。“銀メダル”でモドリッチの旅は終わってしまうのか、それとも…? 好評発売中の『もえるバトレニ』の著者である長束恭行氏が物語のエピローグを綴る。

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 ネーションズリーグ決勝「クロアチア対スペイン」の開始10分。デ・カイプに集まった3万人以上のクロアチアサポーターが、国民的歌手ミショ・コバチの『大地にキスしておくれ』(Poljubi zemlju)を一斉に歌い出した。これは旧ユーゴ時代の1987年に作られたヒット曲。「大地」という単語(zemlja)が「国」という意味を含む多義語であることから、長くクロアチアの愛国ソングとして歌い継がれてきたものだ。あえて10分に歌ったのは、この試合を最後に代表引退をほのめかしている「No.10」のルカ・モドリッチをバトレニ(“炎の男たち”を意味するクロアチア代表の愛称)に引き留めるためだった。

「ハッピーエンド」を目指して

  君の歩む大地にキスしておくれ
  祖父たちの古傷を隠しているから
  君の歩む大地にキスしておくれ
  大地は君にとって何も悪くない
  君の歩む大地にキスしておくれ
  空の太陽には触れないでおくれ
  そして決して魂を売らないでおくれ
  愛は希望、愛は君に必要な強さ
  そこにいておくれ、君の母親がそこにいる
  そこにいておくれ、まだ太陽は輝くだろう
  そこにいておくれ、彼らのためだけに夢を守っておくれ
  そこにいておくれ

 今年9月の誕生日で38歳を迎えるバロンドーラーは、オランダとの準決勝でもマン・オブ・ザ・マッチに輝く活躍ぶりだった。同世代が次々と欧州のトップレベルから離れる中で、サウジアラビアのクラブから届いた3年・6億ユーロのオファーをはねつけたのも、まだまだ第一線で戦える自負があるからだ。

 そんな衰え知らずのワールドスターでありながら、昨今は代表引退の噂ばかりが取り上げられてきた。ロシアW杯で銀メダル、カタールW杯で銅メダルを獲得した一方で、一緒に戦ってきた選手たちは次々にバトレニを去り、世代交代も着々と進行中。「祖国のためにプレーする以上の喜びなんて存在しないんだ」と口酸っぱく言ってきたキャプテンだが、常に引き際のタイミングを見計らっていたのは間違いない。

 カタールW杯の直後は「ネーションズリーグを最後まで戦うことが僕のプラン。決勝ラウンドまでたどり着いたのに、やり遂げないなんて意味はない。その先については大会後に考えようじゃないか」と述べていたモドリッチ。それがオランダ戦の前日会見では「決断は下している。しかし、今は大会だけに集中している」と発言が変化する。それだけに「最後の花道」としてネーションズリーグで優勝し、クロアチア代表初の金メダルを獲得することがモドリッチの「ハッピーエンド」になるはずだった。

現在はクロアチア代表でアシスタントコーチを務めるマンジュキッチ(左)とモドリッチ(右)

互角の展開も、交代策で徐々に流れが…

 クロアチアとスペインは過去に9度対戦し、成績はクロアチアの3勝1分5敗だ。2017年にズラトコ・ダリッチが監督になってから実に4度目の対戦となる。初開催のネーションズリーグでは0-6という記録的大敗を喫し、EURO2020ではダリッチ政権下唯一の延長戦敗北(3-5)を味わった。そんな中、緻密なベンチワークでオランダ戦に勝利すると、「今の代表チームはクロアチア史上最強だ」と胸を張った指揮官。スペインに対しては秘策を用意することなく、CBのドマゴイ・ビダをマルティン・エルリッチに代えた以外は準決勝と同じ布陣を敷いた。右サイドでジョルディ・アルバ(170cm)にマリオ・パシャリッチ(188cm)をぶつけたように、左サイドでもヘスス・ナバス(170cm)にイバン・ペリシッチ(186cm)を当てた方が妙案かと思われたが、オランダ戦同様にペリシッチは左SB、そしてルカ・イバヌシェツ(175cm)を左ウイングで先発起用させた。

 EURO2020の対戦ではハーフコートゲームになり、セルヒオ・ブスケッツ、コケ、ペドリの3人に中盤に制圧されてしまったが、この試合のクロアチアは引き出しの多さでスペインを手こずらせた。……

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クロアチア代表もえるバトレニルカ・モドリッチ

Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。

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