SPECIAL

チェルシー退団が惜しまれる「スーパーにしてノーマル」な庶民派。エンゴロ・カンテの存在感と親近感を振り返る

2023.06.21

6月21日、エンゴロ・カンテがチェルシーとの契約満了に伴い、サウジアラビア1部のアルイテハドへ入団することが発表された。アントニオ・コンテ(2016-18)、マウリツィオ・サッリ(2018-19)、フランク・ランパード(2019-21、2023)、トーマス・トゥヘル(2021-22)、グレアム・ポッター(2022-23)と指揮官が目まぐるしく代わった在籍7年間で公式戦269試合13ゴール16アシスト。2016-17シーズンのプレミアリーグ優勝と2020-21シーズンのCL制覇を171cmの小さな体で支えた超人の退団に寄せて、その一般人的な姿を現地ロンドンで目の当たりにしてきた山中忍氏が思い出を綴る。

 マウリシオ・ポチェッティーノの監督就任が発表された後は、肥大したスカッドの人員整理をはじめとする選手の去就。その一例として、この6月末で契約満了となるエンゴロ・カンテは、大物獲得を狙うサウジアラビアのアルイテハドから届いた移籍話が急速に進展した。

 もっとも、2016年に加入して以来の主軸は「整理」の対象ではあり得ない。2022-23シーズンはケガで計9試合にしか出場できなかった32歳でも、チェルシーは収入レベルの維持が可能な出来高制の単数年契約による「もう1年」を望んでいた。新監督の下で改めて若手主体のチーム作りを目指し、同じMF陣にはエンソ・フェルナンデスという22歳の中核候補がいる状況ではあるが、チームの要所には経験値も高い実力者がいるに越したことはない。ポチェッティーノ招へいが、複数年契約にこだわるカンテの説得材料になるのではないかとの期待もあった。

 現役最高峰ボールハンターの離脱が決まった今、ブライトンのモイセス・カイセドが穴埋めの第1候補と目されている。三笘薫が左ウイングで大ブレイクできた背景には、2ボランチ左サイドのカイセドが後方をケアしてくれる安心感もあったに違いない。だがカンテは、年齢が10歳上である分、プレミアリーグ、CL、そしてフランス代表での2018年W杯など、21歳のエクアドル代表にはない優勝実績を備えてもいる。勝者のメンタリティの持ち主として、精神面でもE.フェルナンデスの成長促進役を兼ねられる存在だった。

 中東へと去る彼を、チェルシーのサポーターのみならず、プレミアのファン全体が退団を惜しんでいる。2015年のレスター移籍から8年間をイングランドで過ごしたカンテは、スーパーにしてノーマルという対照的な魅力を併せ持つ、ビッグネームが集うプレミアの国でも貴重な素晴らしいスター選手だったのだ。

22-23プレミアリーグ第8節リバプール戦(0-0)でボールを運ぶカンテ。セサル・アスピリクエタ、チアゴ・シウバら重鎮を欠いた招集メンバーの中で、在籍7年目の最古参としてゲームキャプテンを任されていた

攻守両面で依存度増。悔やまれた“エンジー”の長期欠場

 ピッチ上でのカンテは、公称171cmの身長よりも小柄に見える体格を考えれば、「超人的」と表現できるパフォーマンスを披露し続けてきた。全国レベルをも超え、世界中のスポーツファンに絶大な喜びをもたらしたレスター優勝を振り返っても、奇跡が起きた最大の理由は、ゴールを重ねたCFのジェイミー・バーディーよりも、結束の固いカウンター集団を作り上げたクラウディオ・ラニエリよりも、ボールを奪い返し続けたカンテだったと言える。

 翌2016-17シーズン、自らはプレミア2連覇を経験したチェルシーでの移籍1年目も同様だ。カンテは、スタッツを確認するまでもなく、見た目にチームの誰よりも多く危険の芽を摘み、誰よりも多く相手のパスをカットしていた。王座奪回に成功した前シーズン10位からは、リーグも、プロ選手協会も、フットボール記者協会も、そしてチームメイトたちも、最も多く得点をもたらしたジエゴ・コスタや、最も多くアシストをこなしたセスク・ファブレガスではなく、カンテを年間最優秀選手賞に選出した。

16-17プレミアリーグ第37節のウェストブロミッチ戦(○0-1)でプレミアリーグ優勝を決め、チームメイトから胴上げされるカンテ。異なるクラブで出場機会を得ての連覇達成は史上初の偉業だった

 無論、20代半ばの当時と比べればアスリート的な能力が衰えていないはずがない。しかし、だからといってポジションは下がり目で、守備範囲は狭くなる一方というわけではない。むしろ中盤以前で絡む頻度とともに、攻守両面でのカンテ依存度が増してきた。マウリツィオ・サッリが、3センターの底をジョルジーニョに任せ、その手前にカンテを配して「使い方を知らない」と国内メディアで酷評されたのは4年前の話。その後、フランク・ランパード、トーマス・トゥヘルと続いた監督の下では、いわゆる「ボックス・トゥ・ボックス型」に近い貢献が当たり前となった。……

残り:-143文字/全文:304文字 この記事の続きは
footballista MEMBERSHIP
に会員登録すると
お読みいただけます

TAG

エンゴロ・カンテチェルシー

Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

関連記事

RANKING

関連記事