ブラジル代表とビニシウス・ジュニオール、「ノー」と言う決意の親善試合へ
5月28日、ブラジル代表の6月の親善試合、ギニア戦とセネガル戦に向けた招集メンバー発表会見が行われた。今回の試合に関しては、その日程や対戦相手、開催場所などの正式発表が、いつもにも増して遅かった。
もちろん、A代表の新監督が決まっていないことなどの諸事情もある。今回もU-20ブラジル代表を指揮するラモン・メネーゼスが代行監督を務めることになった。
しかしもう1つ、CBF(ブラジルサッカー連盟)での議論の重要な焦点となったのが、1試合目のギニア戦を予定通りバルセロナで行うべきか、ということだった。なぜなら、スペインでは今、そしてもう長い間、ブラジル代表FWビニシウス・ジュニオールが人種差別で苦しんでいるからだ。
繰り返されるビニシウスへの人種差別
世界的にも大きく報道された通り、5月21日、ビニシウスの所属するレアル・マドリーがバレンシアと対戦した際、相手チームのサポーターから彼に対する人種差別的な侮辱行為が何度も行われ、試合が約10分間に渡って中断された。さらに、両チームの選手たちが揉み合う中で、ビニシウスが不当にレッドカードを受けて退場処分となった(※後日、そのレッドカードは撤回された)。
ブラジルでは、CBFによる抗議はもちろん、スペインサッカー連盟とも会議が行われた。ルーラ大統領も遺憾の意を表明。メディアも強く批判をし、連日、試合から事後に渡る経緯を詳細に報道し続けた。
Rマドリーで活躍し始めてからの彼に対する激しい人種差別は、これまでもピッチの内外で頻発している。事態を重く見たCBFは、昨年から人種差別撲滅のためにセミナーや調査、キャンペーンなど、様々な取り組みを行ってきた。
今年2月には、CBFが運営する大会のレギュレーションに罰則も組み込まれた。クラブの代表やフロント、選手、監督、技術スタッフ、サポーターに人種差別的な行為があった場合、スポーツ裁判所に報告され、該当するクラブはそこで裁定されたポイントが減点される。審判も同様だ。また、その制裁がスポーツの中だけで終わらないよう、連邦検察省と民警にも報告され、法によって罰せられるというものだ。
ブラジル国内での大キャンペーン
今回のバレンシア戦での出来事を受けて、CBFは再び大規模な反・人種差別キャンペーンを行なった。そのために掲げたスローガンは、”Com racismo não tem jogo”. 日本語として決意が伝わりやすい言葉を考えに考えて、こう訳したい。「人種差別を許す試合なんて、ない」。
翌週末に開催されたブラジル全国選手権では、各試合、両チームの選手たちと監督が、このフレーズがプリントされたシャツを着て入場し、キックオフ前にピッチに30秒間座り込んだ。キャプテンマークにも、ボールにも、コイントスのコインにも、この言葉がプリントされた。
また、多くの選手や元選手、有名俳優やアーティストらが、このフレーズをカメラに向けて宣言したビデオが制作された。
ビニシウスの古巣フラメンゴの試合では、スタンドに「みんながビニJrと共にいる」という言葉がモザイクで表された。有名なコルコバードの丘のキリスト像は、5月22日の夜、ビニシウスへのサポートの意志を伝えるために、1時間、消灯された。
「逃げずに向き合わなければならない」
冒頭の招集メンバー発表会見では、このギニア戦をバルセロナで開催することについて、ビニシウスと話をしたのか、という質問が飛び、広報ディレクターのホドリゴ・パイバがこう答えた。
「CBFとしては会長が彼と話をした。彼の代理人とも話をした。この週末のすべてのキャンペーンは、この時点から始まった。バルセロナで試合をすることも、この問題が大きく関係している。ビニシウスは会長に協力を申し出てくれた。このキャンペーンを最大限に広げるために、彼自身が献身する、と。実際、今起こっているムーブメントは、彼のおかげなんだ」
CBFがこの試合を人種差別反対の意志表明として生かす意向だ、という情報が流れ始めた時、国内メディアでは「あんなことがあった後に、なぜ、1人の22歳の青年にそこまで重い役割を背負わせるのか」という声も上がった。「それよりも、フラメンゴのホームであるマラカナンで親善試合を開催し、満員のサポーターの愛情を受けることで、彼の傷を癒すことを考えたらどうか」という人もいた。
そうした声に対し、エジナウド・ホドリゲスCBF会長はこう明言した。
「人種差別は終わらない。我々はセミナーを開催したが、人種差別は続いている。司法当局、連邦警察、スポーツ選手、報道機関、指導者的な立場の人々など、社会の様々な層から約 80 人が参加する、常設のワーキンググループが活動に取り組んでいるが、人種差別はどこにでも、いつでも存在し続けている。怖がらずに、真っ向から声をあげなくてはならない」
「なぜ、スペインで親善試合を? と聞かれたが、我々はもう60日も前からこの試合に向けて調整していた。そこに人種差別の問題があるからと言って、被害者が恐れてベッドの下に逃げ込むのではなく、向き合わなければならない。そして、人種差別主義者たちの牙城に立ち向かうことが、メッセージを力強く伝えるための最善の方法なんだ。これは挑戦などではない。権威主義でもない。ただ、人種差別主義者たちに、我われは『ノー』と言わなければならない。『ノー』と繰り返さなければならないんだ」
ホドリゲス会長も綺麗事を言っているのではない。100年を越えるCBF史上初の、白人ではない会長となった彼もまた、少年時代から人種差別に苦しめられてきたと語っている。
ギニア戦では「あらゆる準備が必要」
しかし、人種差別がどれだけ批判と共に報道されても、CBFやサッカー関係者がどれほどのムーブメントを起こしても、そして何より、ピッチでビニシウスが流す涙を見ても、何も感じない人がまだいる。今、開催中のU-20W杯でも、ブラジル代表ホベルチ(ゼニト)が、開催地アルゼンチンのサポーターから差別の被害を受けた。
バルセロナでのギニア戦に向けては、CBFも綿密なプランを練り、何らかのマニフェストを行うことだろう。これまでビニシウスに起こってきたような、大規模な行為は起こらないかもしれない。
ただ、「スタンドで観客の誰か1人でも差別的な行為をしたら、その時、CBFはどういう姿勢と対応を取るのか、あらゆる準備が必要だ」と語るスポーツキャスターの現実を見据えた言葉が、あまりにも悲しい。
Photos: CBF, Rafael Ribeiro/CBF, Thais Magalhaes/CBF, Flamengo, Daniel RAMALHO/VASCO, Ricardo Duarte/SC Internacional
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。