「サッカーを知っている基準が高い」――丹羽大輝がスペインで戦い続ける理由
スペインのビルバオ州に位置するセスタオ。この地で今季創設100周年を迎えたセスタオ・リベル・クルブが、今季4部リーグ相当で優勝を果たし、来季の3部昇格を決めた。20―21年シーズン終盤(21年5月)に当時5部相当の同クラブに加入したDF丹羽大輝は、約2年間で2カテゴリーの昇格に貢献した。18歳からプレーしてきたJリーグを離れ、35歳で決断した海外移籍。スペインの地で家族とともに暮らし、サッカーにすべてを捧げる毎日だ。現在はスペイン1部のRソシエダでMF久保建英が活躍するとは言え、かつては日本人が活躍できないと言われたスペイン。かの地で戦い、学び続ける彼の言葉を借りて、スペインサッカー深淵の一部をのぞき見る。
プレーの幅が広がっている
日本では考えられない光景が、目の前に広がっていたと言う。優勝を決めた同日に行われたセスタオの町で行われたパレード。選手達が乗ったバスを取り囲む大勢のサポーター、そして声援に応える選手たち。丹羽が同地の公用語・バスク語であいさつをすると、サポーターたちはさらに沸いた。チーム唯一の外国籍選手として、昇格に貢献した元日本代表DFは、その言葉のはしばしに充実度をにじませながら、優勝の喜びを明かしてくれた。
「町中の人たちが、僕らのバスを囲んでくれて…ベランダにもセスタオのフラッグが並んで、まるでW杯で優勝したのか、思うぐらいの盛り上がりでした。セスタオの町の人たち、ほぼ全員がパレードに参加してくれたほどで、みんなで祝ってくれた。本当に特別な瞬間でした」
スペインに渡り約2年。20―21年シーズンは2か月の短期契約でチームを4部昇格に導き、昨季は4部でプレーオフの末に昇格を逃した。そして今季、新たな役割を全うして優勝と3部昇格に貢献し、刺激に満ちたスペインでの生活を送っている。
「去年はほぼフルで出たんですけど、今年は半分弱ぐらいですかね。それでも全試合メンバーには入れてもらって、その中で自分の役割は出た試合で絶対勝ち点を取るというところ。出場時間に関しては、あまりそのネガティブには感じていなくて、どちらかと言えば優勝に貢献できたっていう充実感の方が強いです」
日本ではG大阪で3冠(14年)に貢献し、ハリルホジッチ監督下の日本代表にも選出された。ラインコントロールなど周囲を動かす能力に長けたセンターバック(CB)として、Jリーグで結果を残したが「実は今シーズンからボランチもやっているんですよ」と明かした。
「今シーズンはボランチとCBで併用されて、試合状況によって両方のポジションを使い分けている形です。去年はほとんどCBで、ちょっとだけボランチで使われた時もあったんですけど、監督とシーズン前に話したことがあって。ボランチの選択肢となる可能性があるのならば、という話をふたりでしました。監督もボランチとしての適性はあると思う、と感じてくれていたみたいで。そこのコミュニケーションがうまく取れて、監督もオプションとして使ってくれました。すごくプレーの幅が広がっているように感じます」
システムは4―3―3で中盤の底、いわゆるピボーテの位置や、菱形の中盤で底を務めることもあるという。
「CBの前にいて、守備でもしっかりフィルターをかけて、広い範囲を動き回って、攻撃でもコネクトしていかないといけない。めちゃくちゃ楽しいですね。ガンバのサポーターの方は、僕にボランチのイメージはないと思うんですけど、アビスパ福岡の時とか、ボランチで少し出ていました。もちろんCBよりもゲームコントロールをしないといけないし、攻守のリンクマンにならないといけないので、ピボーテで出たときはチームを動かさないといけないと余計に思ってやっています」
日本にあって、スペインにないもの
初挑戦の海外で、日本で慣れたCBではなく、ピボーテでのプレーも楽しんでいる事実は、物事をポジティブに捉える彼の強みそのものだろう。その中で、あえてピッチで感じるスペインならではの感覚があるのかを聞いてみた。
「そうですね。何て言うのかな。レベルうんぬんではなく、やっぱり選手、監督、スタッフ、ファンも含めて、サッカーを知っている基準が高いです。だから若い選手でも、しっかりとゲームコントロールの仕事をできていたり、サポーターもその時間帯に必要な、でも気づきにくい仕事に対して拍手をしてくれたり。そこのレベルが圧倒的に高い気がします。みんな幼少期のころから、ラリーガとか3部でも毎週末に試合を見ているので。その基準はやはり高いですね」
サッカーを知る基準。それはJ1、J2通算で338試合に出場してきた丹羽にとっても、新たな気づきがあるのだろうか。
「それで言えば、こちらはアドリブ力がすごい。Jリーグのときもスペインのときも、試合前の1週間の流れは同じで、相手に対する戦い方をデザインしていきます。たとえば相手の特徴がこうだから、こういう狙いをもってやろう、みたいにある程度準備をしていきます。違いは、準備がしてきたことと、相手の戦い方が全く違ったときですね。その対応、アドリブが、もうめちゃくちゃ速いんです。僕は経験とともにわかってきた部分で、この年齢になってそこが大事だなとすごく感じるわけですけど、ここでは20歳前後の選手でも、すぐに相手にアジャストしたり、アドリブを利かしてプレーするんです」
丹羽が経験を積み、少しずつ積み上げていったものを、スペインでは若い選手、さらに言えば4部リーグの選手でも、当たり前のように持っているという。
「プロでの実戦経験が少ない若い選手がそれをできるってことは、やっぱり幼少期の頃からサッカーを見ていたり、準備はするけど、実際にピッチで起こる事は違うんだよと、という指導をされてきたのだろうと。そこはすごくびっくりします。単純な話でいくと、例えば風が吹いている、雨が降ってグラウンドが悪い、となればそれに応じたサッカーをしますよね。当たり前ですけど、実際には水たまりでボールが止まって失点する、とかよく日本でもあるじゃないですか。でもそういうことが、僕らのチームではほぼ起こらなかった。だから予想外のシュチュエーションでも、若い味方のプレーに「そうだよね、そうだよね」と納得しながらプレーしていました。それは新鮮な感覚でした」
どのようにして、そんな土壌ははぐくまれていくのか。なにかスペインにあって、日本にはないものがあるのか。まるでM―1王者・ウエストランドの漫才のような問いかけだが…。返ってきた答えは、逆に「日本にあって、スペインにないもの」だった。
「日本って、ありとあらゆるところにコンビニがあるじゃないですか。お腹すいたらおにぎり買って食べたり、のどが乾いたらコーヒー飲んだりとかも自由に何でもできるじゃないですか。でも、スペインってコンビニがないんですよ。その代わりになにがあるかと言えば、バルがあります。ありとあらゆるところにバルがあって、そこでコーヒーを飲むとか、ビールを飲むとか、みんなが町の中でコミュニケーションをとって。昨日の試合はどうだったとか、体調とか家庭の話とか、とにかく話すんです。日本のようにコンビニがあったら、誰とも話さない。でもこちらでは、何かあったらみんなバルに行く。僕の家の近くにも、徒歩5分以内に4つ、バルがあります。そこで何か小さな問題があれば、もちろんサッカーに限らず、すぐそこで話し合う。そうすると、それは誰に相談した方がいい、みたいになって、問題解決のスピードが明らかに速い。そこが、僕は日本との違いなんじゃないかな、と感じているんです。それがサッカーで言えば、周囲とコミュニケーションを取ってすぐにアジャストする能力、アドリブ力につながっているんじゃないかと」
それは現地でプレーする自身の息子が教わる指導者からも、感じる部分だという。丹羽とともにスペインに渡った息子は、日本では中学1年生に当たる年代の現地クラブでプレーしている。
「すごいですよ。子供に対しても、コミュニケーション文化です。プレーについて、全部指導者が説明をします。このプレーはなぜいいのか、なぜこのプレーはダメなのか。1から理論付けています。明確なそのサッカー観が指導者にもあるので。その中で、別に押しつけるわけではなく、ちゃんとコミュニケーションをとるんです。それは息子の指導者だけじゃなく、僕らの監督もそう。スペイン語ではexplicarって言うんですけど、説明して、お互いで納得して解決する、みたいな。それを育成年代からずっとやっているので、息子の練習を見ていても、コーチはずっとそういう感じで喋っています。だから息子のサッカーを見に行くと、自分の勉強にもなります。監督、コーチがずっとサッカー用語をスペイン語で喋り、説明をしているので。それを聞いているだけで、語学面でも勉強になるんですよ」
5部からスペインサッカーを見て
学ぶことに貪欲で、さらにコミュニケーションも大好きな丹羽。スペイン、現在過ごすバスク地方の水が合っていると感じているようだ。
「僕みたいに、超オープンな性格の人が多いんでね。僕がこの国に受け入れられているのは、多分そういうところからかなと思います。何かあったら、話すのが大好きなんで。バスクの特徴としては、自分が心を閉ざしたら受け入れられない。でも自分がなじもう、この国でサッカーをしたいんだ、と示せば、それを受け入れてくれる」
そんな刺激と学びの日々を、丹羽は来シーズンも続けたいと感じている。セスタオとの契約は今季で切れるが、残留も含めて動向は今後次第だ。
「5部から3部まできたので、もし2部までいければどんな景色が見えるんだろう、という思いがあります。もちろん最初から高いレベルでできることはすばらしいし、僕も高いレベルでやりたい、と思っています。でもそれも考え方次第。サッカーを学ぶ、色々な意味を考えると、下のカテゴリーからやるのも悪くなかった。僕は学ぶべきものがめちゃくちゃあったと思っていますし、下で支える環境があってこそ、その上でラリーガが成り立っている、と思うので。見えないところ、隠されている部分じゃないかと。僕は5部からスペインサッカーを見て、プレーしてきた。それは僕の強みで、そして着実にステップアップしてきた。だからこそ、3部でやりたいな、と思っています」
華麗なスペインサッカーを支えているのは、世界中からの逸材が集まる1部リーグだけではない。それを支える下部リーグ、育成の肥よくな土壌を自らの目、そして足で感じている丹羽。その学びを自らの成長につなげ、そして将来的には日本サッカー界へと還元していくことが、彼がスペインで戦い続ける理由のひとつだ。
Photos:Daiki Niwa(本人提供)
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Profile
金川 誉(スポーツ報知)
1981年、兵庫県加古川市出身。大阪教育大サッカー部では関西2部リーグでプレー(主にベンチ)し、2005年に報知新聞大阪入社。野球担当などを経て、2011年からサッカー担当としてガンバ大阪を中心に取材。スクープ重視というスポーツ新聞のスタイルを貫きつつ、少しでもサッカーの魅力を発信できる取材、執筆を目指している。