CL準々決勝で実現したマンチェスター・シティとバイエルンの激突は、3-0でホームのシティが先勝。準決勝へ大きく前進する結果となった。最高峰のカードで繰り広げられた攻防の戦術的ポイントを、らいかーると氏が分析する。
青天の霹靂と言うべきだろうか。リーグ戦でもCLでも好成績を残していたユリアン・ナーゲルスマンをバイエルンは解任。新監督にトーマス・トゥヘルが就任した。首脳陣による、シナリオを飛ばしたかのようにしか見えない監督交代劇だったが、外野から見ればリーグ戦はともかく、CLは不安でいっぱいといったところか。途中就任で優勝したトゥヘル×チェルシー時代を思い出すかもしれないが、さすがに試合までの時間が短過ぎるのであった。しかも、相手は絶好調のマンチェスター・シティ。CLを捨てる!なんてことはないだろうが、随分と博打に近い人事をバイエルンがするんだなと感じたものだ。
バイエルンのプレスの思惑とシティのビルドアップの狙い
ナーゲルスマン時代のバイエルンは“ナーゲルスマンらしいサッカー”と“普通の[4-2-3-1]“を行ったり来たりしていたが、トゥヘルが監督に就任してからのバイエルンは、大きな意味では“普通の[4-2-3-1]”をベースとしたサッカーをしている。そこには、トゥヘルらしさは特にない。自分の色を出すタイミングを探っているのかもしれないし、素のままで勝負することが最もゲームの勝利に近づくと考えてもおかしくないスカッドをバイエルンが抱えていることも事実だろう。
シティ相手に奇策を出してくるかと勝手に期待していたが、この試合も[4-2-3-1]を基盤とするオーソドックスなスタイルで試合に臨んだバイエルン。エリック・マキシム・チュポ・モティングが不在なこともあって、前線にセルジュ・ニャブリが配置されている。意外だったのはトーマス・ミュラーがベンチに置かれたことだろうか。ニャブリ、ジャマル・ムシアラのコンビは空中戦の的になれない代わりに、柔軟な立ち位置でチームをちょっとだけ救うことになる。
バイエルンのプレッシングは、シティのビルドアップ隊はフリーにしても、ビルドアップ隊からフィニッシャー隊へ優位な状況でボールを届けさせないことを最優先に置いていた。よって、GKエデルソンまでプレッシングをかける場面はまれにしかなかった。“ボールを持たされた”は過大な表現となるが、ロドリ、ジョン・ストーンズ、ルベン・ディアス、エデルソンが配置を調整しながら、フィニッシャー隊とタイミングを合わせる時間がそれなりにある前半戦となった。
バイエルンからすれば、蹴っ飛ばされてアーリング・ホーランドとダヨ・ウパメカノ、マタイス・デ・リフトが勝負を繰り返す展開を嫌がったのかもしれない。このエリアでのデュエルは即失点に繋がってしまうからだ。となれば、ある程度はボールを持たれてもいいからという姿勢も共感できるのではないだろうか。ただし、ウパメカノもデ・リフトもハーランドに負けそうな雰囲気はなかったことは記しておきたい。
バイエルンのプレッシングの狙いを観察したシティは、得意技であるインサイドハーフが大外レーンに下りてくる移動でビルドアップの出口を作ろうとする。しかし、ケビン・デ・ブルイネにどこまでもついていくヨシュア・キミッヒのように、フィニッシャー隊への監視に全集中しているバイエルンの姿勢により、クリーンな状態でボールを届けられそうな雰囲気はなかった。
では、相手が背負っていてもどうにかできそうな選手はいるか?となると、シティの場合はジャック・グリーリッシュがその役割を担っている。完璧なゾーンディフェンスが存在しないように、完璧なマンツーマンディフェンスも存在しない。グリーリッシュにボールが入った時、対面のバンジャマン・パバールにすべてお任せだ!なんてことはなく、全体がグリーリッシュサイドにスライドすることが世の常である。そんなスライドによって発生する時間とスペースを優位性に繋げていくのがシティであり、パバールがそばにいてもボールを逃がすことのできるグリーリッシュは貴重な存在となっている。
ロドリやストーンズがルベン・ディアスの横に下りる移動や、デ・ブルイネとイルカイ・ギュンドアンが同じレーンでプレーしたり、あるいは列を下りてくるプレーなど、シティは可変や移動、そして相手を背負える選手やロングボールを駆使しながらバイエルンのゴールに迫っていった。アルフォンソ・デイビスとマッチアップするベルナルド・シルバには無理があるかと思ったが、常にボールを動かしながら相手を観察できるポルトガル代表MFにとって、ボールをキープすることは決して難しくないのかもしれない。孤立しても味方を待つことのできるベルナルド・シルバは、シティが時間とスペースを作り出すことに貢献していた。
バイエルンにとって誤算、シティにとって計算以上だった部分
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。