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【対談】五百蔵容×らいかーると:世界との差「対応力」の正体。日本サッカーはバーチャファイターに学べるか

2023.03.27

『森保JAPAN戦術レポート』発売記念企画#8

2月9日発売の『森保JAPAN戦術レポート 大国撃破へのシナリオとベスト8の壁に挑んだ記録』は、大ヒット作『アナリシス・アイ』の著者・らいかーると氏がアジア最終予選からカタールW杯本大会までの日本代表全試合を徹底分析しながら、森保ジャパン進化の軌跡と日本サッカーの現在地をたどっていく一冊だ。その刊行を記念して『森保ストラテジー サッカー最強国撃破への長き物語』の著者・五百蔵容氏との特別対談を公開!第1次政権で見えた森保一監督の戦略家としての一面から、W杯で課題として浮き彫りになった対応力との向き合い方まで幅広く日本サッカーについて語ってもらった。

※2023年3月30日追記:誤解を招く記述が一部含まれておりましたので修正いたしました。読者および関係者の方々に心よりお詫び申し上げます。そちらにともない、あらためて3日間無料公開しております。

※2023年4月2日追記:無料公開期間は終了しました。

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出会いのきっかけはペップ・バルサ


――実はお二人って顔を合わせるのは初めてなんですか?

五百蔵「そうなんですよ(笑)。インターネット上での交流はだいぶ前からで、きっかけは(ペップ・)グアルディオラ率いるバルセロナでした。彼らが迎えた黄金期を機にサッカーというゲームの構造への解像度が一気に高くなったんですけど、そう捉えている戦術ブロガーやマッチレビュアーの方は当時なかなかいなくて。そんな時に僕と似た見方をしていたのがらいかーるとさんで。ブログを見つけて『うんうん』と頷きながら拝読していました。それからずっと自分の試合への所感と照らし合わせながらTwitterも追っています」

らいかーると「ありがとうございます!僕が五百蔵さんを発見したのは2011-12シーズンにそのバルセロナと(マルセロ・)ビエルサ率いるアスレチック・ビルバオが初めて激突した試合で、その時に五百蔵さんのツイートが僕のタイムラインに流れてきたんです」


――ビエルサのマンツーマンとGKを使ったプレス回避で攻守にボールを取り上げる対策に苦しむバルセロナが、ロスタイムに(リオネル・)メッシの同点弾で2-2に追いつくという、今でも見応えのあった名勝負として語り継がれている一戦ですね。

らいかーると「でも僕はどこか退屈に感じていて。そこで五百蔵さんは『戦術的には展開が一様だった』って書かれていてハッとしたんですよね。戦術的攻防に変化がなかった分、ミスや個人のスーパープレーが目立つ状況になっていて、しかもその日は大雨でボールを蹴るたびに水しぶきが上がるくらいだったので、なおさらそれが見応えの正体になっていたんだろうなと。実際にメッシのゴールもミスから生まれていたので」

五百蔵「ありがとうございます(笑)。そこから相互フォローになって、初めてらいかーるとさんがリプライをくださったのが、グアルディオラが怪しくなってきた11-12シーズンのベティス対バルセロナ。あのバルサは相手が格下でも布陣を微調整する当時では非常に珍しいチームで、[4-3-3]でスタートしながらボール保持時には3バックに切り替えることが多かった。だから攻撃から守備へのトランジションで3バックから4バックへ移行するタイムラグが発生する中、3バックではハーフスペースやサイドを変えられると対応が間に合わないので、アンカーの(セルヒオ・)ブスケッツが早めに最終ラインを埋めるという約束事ができていたんですよね。ただ、そうするとバイタルエリアに誰もいなくなる瞬間が生まれるので、そこを使われてピンチに陥るというジレンマに陥っていました。でも当時のグアルディオラは(カルレス・)プジョルに死ぬ気で体を張らせて何とかする以外の解決策を持っていなかったので、ベティスもそこを戦術的に突いて2点を奪っていた。当時Twitterでそのエラーについて書いていたのは僕たちだけでしたね」

らいかーると「だから、もうお互いに10年くらい存在を認知していて、長くも薄い付き合いをしてきたんですよね。それで今回、数奇な巡り合わせで同じ森保ジャパンに関する本を出すことになって、こうして言葉を交わせる機会をいただきました」

「もっと評価されるべき」カタールW杯での鎌田と久保


――そんなお二人はそれぞれの書籍を読んで、どのような感想を持ちましたか?

五百蔵「まず大前提として、この日本代表を評価するのはすごく困難なこと。実は今回もお世話になった星海社さんから、過去に『砕かれたハリルホジッチ・プラン』と『サムライブルーの勝利と敗北』を出版したご縁もあって、2年前の時点ですでに執筆のお話をいただいたんですけど、ブラックボックス過ぎて一回お断りしていた(笑)。サッカーファンの間でも『委任戦術』と揶揄されてきたように選手の自主性を尊重しながら個々とチームの成長を促すという方向性はわかるんですけど、実際の試合から得られる戦略的、戦術的な情報は限られているチームだったので、カタールW杯本大会でドイツ、スペインを破るという結果を出したものの、その過程や理由は僕ら外部の人間が点で見ても説明できない。だからどちらの本も線で捉えられるように、それこそらいかーるとさんが書かれている通り『ピッチにすべての答えが落ちている』というスタンスで、虚心坦懐に見守る努力を徹底して中長期的に検証しようとしている点はどちらの書籍も一致しています。

 その中で違いがあるとすれば視点で、らいかーるとさんはアジア最終予選からカタールW杯本大会まで1試合1試合の内容と文脈を丁寧に追いながら、その試行錯誤の中での積み重ねを紡いでいる。一方で僕は森保監督の戦略家としてのスタンスが功を奏したのではないかという仮説を立てて、その一貫性を見出すためにサンフレッチェ広島監督時代から振り返りながら、状況に応じて何を変えて何を変えていないのかを読み解こうとしています。ちょうどお互いに補い合う内容になっているので、両方買って読んでいただければ立体的に森保ジャパン第一期を振り返られるかなと」

らいかーると「あと五百蔵さんの書籍ではポジショナルプレーとは何か、戦術トレンドはどのように発展してきたのかという歴史まで解説されているのはもちろん、ドイツ代表やスペイン代表のように対戦相手も徹底的に分析されている。現代サッカーを理解する上でもまさに“必読!”で、楽しく読ませていただきました」


――それこそ五百蔵さんは『森保ストラテジー』で、森保ジャパンの[5-4-1]の原型となるミシャ式の解説から始められていますよね。

五百蔵「そうですね。広島でミシャ(ミハイロ・ペトロヴィッチ)監督からチームを受け継いだ森保監督は、まず[3-4-2-1]の2シャドーの役割を見直しました。アタッカー色を弱めて守備にも参加するという、インサイドハーフに近いタスクへと修正しました。攻撃時に[4-1-5]という前がかりな配置でボールを奪われるとそのままカウンターを食らっていましたが、その頭を抑えられれば一時的に相手の攻撃を遅らせられる。その間にチームは撤退して[5-4-1]で守備ブロックを組めるようになって安定感が増しました。その反動で攻撃のバリエーションは少なくなりましたが、長所は残していて後ろから繋いで前進する。当時のJリーグはダブルボランチを採用するチームが多かったので、そこから一枚出て[4-1-5]のビルドアップを阻害してきたら、空いたところにシャドーが入って青山敏弘が入れたボールをフリックしたりしながら疑似カウンターを仕掛ける。あとはウイングバックの優位性とワントップの佐藤寿人で蹴りをつけていましたね」

らいかーると「普通は[5-4-1]で撤退するチームって、ボールを奪うと蹴っ飛ばしてワントップに収めさせたりするんですけど、当時の広島はそこから繋いでプレスを剥がして2シャドーを使いながら陣地を回復していて、世界的にも珍しかったですよね」

五百蔵「その分2シャドーのタスクが重いので、もともと広島にはミシャ監督時代から森崎浩二のようにインサイドハーフとしての素養もあるアタッカーがいましたけど、森保監督に代わってからますますそういう選手が重宝されるようになりました。今思い返すと、徳島ヴォルティスで攻撃から守備まであらゆる中盤のタスクをこなしていた柴崎晃誠を連れてきたのも、そういう狙いがあったんだろうなと。彼はアンカーの青山の代役も務められるくらいだったので、インサイドハーフに近いタスクもお手のものでした。その傾向は日本代表を率いてからも変わらなくて、カタールW杯でもアタッカーの属性を持ちながらクラブでもボランチを任されているように中盤の仕事ができる鎌田(大地)がシャドーの一角に抜擢されましたよね。ただ、チーム全体が守勢に回ることを受け入れる戦い方にシフトしていったので、守備やトランジションのタスクが過多になってしまった。おかげでフランクフルトのようにスルーパスを出したりしてフィニッシュに絡むような決定的なプレーは影を潜めてしまいましたけど、多角的な能力を発揮しながら随所で攻撃に勢いをつけていたのは流石でした。そこはらいかーるとさんの本にも記録されているように、もっと評価されるべきでしたよね」

……

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Profile

足立 真俊

1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista

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