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王国ブラジルの俊英アンドレイ・サントスが、チェルシーから古巣へのレンタル復帰に至った背景事情

2023.03.06

 18歳でチェルシーに移籍したMFアンドレイ・サントスの、古巣バスコへの4カ月間のレンタル移籍が決まった。労働許可証が取得できなかったことによる今回の措置はチェルシーとバスコの目的や選手代理人の意図、アンドレイ自身の願いなど、様々な要素が合致しての決定であった。

 契約成立がチェルシーから正式発表されたのは今年1月7日。アンドレイは「プレミアリーグを戦うビッグクラブでプレーできるのは、僕にとって大きなチャンス。ここにいられて、とても気合が入っているし、すごく幸せだ」とコメントしていた。

 ただ、周知の通り、イングランドでは外国人選手の獲得に基準があり、ポイント制で積算されるその基準に達しなければ労働許可証が与えられない。条件の対象は代表での試合出場数、クラブにおける国内リーグや大陸選手権での試合出場時間、クラブの順位など多岐にわたり、各大会のレベルによっても積算されるポイント数が違う。アンドレイが所属していたバスコはこの2年間、ブラジル全国選手権2部を戦い、コパ・リベルタドーレスなどの大陸選手権に出場していなかった。

 チェルシー側は労働許可証の取得に奔走したが実現せず、すでにロンドンに滞在していたアンドレイを1月14日にいった帰国させ、U-20南米選手権を戦うブラジル代表に合流させた。もちろん、代表でプレーしたいという本人の希望もあったが、クラブが拒否できるU-20の大会に契約したばかりの選手を送り出したのは、この大会出場により労働許可証の取得が可能になると考えたからだった。

U-20南米選手権ではボランチながら得点王に

 アンドレイはこれまでバスコ一筋。リオデジャネイロに生まれ育ち、バスコでフットサルを始めたのが4歳。6歳からはサッカーに移り、2021年に16歳でプロになった。昨年、当時のゼ・リカルド監督(現清水エスパルス)が彼をスタメンで起用し始めてから、国際的な注目度がアップ。彼にオファーや打診をしたと報道されたクラブはバルセロナをはじめ、ミラン、ベンフィカ、モナコ、ウォルバーハンプトンなどがある。

2022年9月、バスコとの契約を更新した際に家族と笑顔で写真に納まるアンドレイ・サントス

 ゼ・リカルドは彼について「非常に高いポテンシャルの持ち主だ。視野が広いし、ポジショニングを的確に読む力がある。しっかりした人間だし、技術的なクオリティも非常に高い。注意深く起用していこう」と語っていた。

 ゼ・リカルドの後任として、チームを1部昇格に導いたジョルジーニョ(鹿島アントラーズの元選手/監督)も、その戦いに貢献したアンドレイを「守備で非常に強く、同時に攻撃の際のパスを受ける時の動きが素晴らしいし、空中戦にも強い。そして非常に強いパーソナリティを持っている」と、絶賛していた。

 代表ではU-15時代から活躍し、現在もU-20の主力だ。先月開催されたU-20南米選手権ではキャプテンを務め、ボランチでありながら9試合で6ゴールを決めてチームメイトのFWビットー・ホッキと2人で得点王を分け合っている。この大会での彼のプレーはチェルシー関係者を喜ばせたのはもちろん、この契約に懐疑的だったイングランドメディアからも称賛された。

 しかし、チェルシーが期待した労働許可証の取得は叶わなかった。

当初はチェルシーに留まる予定だったが

 当初、クラブはそれでもなお彼をチェルシーで練習に参加させ、プレッシャーのかからない形で適応期間を過ごせるようにする意向だった。今年のU-20W杯(5月20日〜6月11日)に出場することで、来シーズンに向けて労働許可証に必要なポイントを得られるという算段だった。

 ただ、ブラジル全国選手権1部やコパ・リベルタドーレスなど、アンドレイがまだ出場したことのない大会でプレーすれば追加のポイントを確保できる。そこでチェルシーは、ブラジルのクラブへのレンタルに方向転換する。いくつかのクラブが手を挙げた中でも、当初はリベルタドーレスに出場するパウメイラスが有力と言われていた。

 そのパウメイラスが断念したのは、チェルシーの条件に合意できなかったから。1つは「レンタル期間は6月末まで」。アンドレイをチェルシーの来季のプレシーズンに最初から参加させるためだ。もう1つは「U-20W杯に出場させること」。パウメイラスは1年間のレンタルを希望していた上に、U-20W杯招集は拒否する構えだった。

 そして、その条件を受け入れたのが古巣のバスコだった。短期間とはいえ、この間にリオ州選手権、コパ・ド・ブラジル、ブラジル全国選手権1部を戦うことで15試合は出場できると計算されている。1月にMFの補強もしたが、そこにアンドレイが加われば理想の中盤が構成できる。そして、給料は全額チェルシーが払う。

 ただ、バスコにも問題があり、今回の移籍によって彼らから選手側に支払われるはずの、報道によると1200万レアル(約3億6000万円)が保留になっているらしい。そのため、代理人はバスコ復帰には消極的だった。

 ただ、この短いレンタル期間にリオ以外のクラブに行くなら住居の準備から始めることになる。だがバスコであれば、そのまま自宅にいられる。チーム内でのコンビネーションがすでに出来上がっているため、適応期間も必要ない。試合勘を失う前にプレーに戻ることができれば、U-20W杯での活躍の可能性が広がり、レンタル終了後には好調を維持したままロンドンに戻ることもできる。

 さらに、U-20代表監督のラモン・メネーゼスが暫定監督を務めるA代表の親善試合モロッコ戦(3月25日)への招集が発表された。大きな経験と、労働許可証取得への追加ポイントも見込まれる。

決め手は心の声

 興味深いのは、最後はアンドレイの心の声に従う形で決着した、と伝えられていることだ。彼のバスコヘの愛情は非常に深い。元チームメイトたちとも常に連絡を取り合い、ブラジルのクラブにレンタルされるならバスコが希望だと語っていたらしい。サポーターも熱烈に歓迎してくれる。

 そのため、代理人は保留されている1200万レアルの受け取り方法を検討するというところまで譲歩し、レンタル移籍先として受け入れたのだった。

 労働許可証取得に必要なポイントが予定通り獲得できるか。代表やクラブはどれだけの道をアンドレイに開くことができるか。そして何より、彼自身がどれだけ成長してロンドンに戻ることができるか。バスコのユニフォームを着た写真とともに「物語は続く」と決意を込めた一文を投稿した彼の、注目の4カ月がスタートする。

バスコに再合流した後、練習で笑顔を見せるアンドレイ・サントス。今から注目しておきたい逸材だ
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アンドレイ・サントスチェルシーバスコ・ダ・ガマ

Profile

藤原 清美

2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。

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