先月、イングランドフットボール界でいつになくチームの“移動手段”に注目が集まった。
その1つが先月末、EFLカップを制したマンチェスター・ユナイテッド。今シーズンからエリック・テン・ハフ監督が指揮するチームはシーズン序盤こそ苦しんだが、その後は上り調子で結果を残している。ロンドンの聖地ウェンブリーで開催されたEFLカップ決勝では、今季上位を賑わせているニューカッスルを2-0で退けて戴冠。ジョゼ・モウリーニョ政権の2016-17シーズンに同カップとELの2冠に輝いて以来、6シーズンぶりにタイトルを手にした。
栄光を手にしたユナイテッドだったが、この大一番での移動手段が物議をかもした。というのも、彼らは普段通りに電車でロンドン入りしながら、試合後の復路はチャーター便で凱旋。ロンドンからマンチェスターまでの距離は約250km、わずか「32分間」のフライトだったという。これに対して、「環境にやさしくない行為」として英紙『デイリー・ミラー』などから批判を受けた。
近年、環境への影響を配慮して短距離の国内便を減らす動きがあり、それはイングランドフットボール界も例外ではない。多くのクラブがなるべく二酸化炭素排出量の少ない移動手段を選択するようになっており、短距離のチャーター便使用に疑問が投げかけられたのだ。
また、同時期にはリバプールが2月18日の敵地でのニューカッスル戦後、チームバスではなく飛行機でリバプールへ戻り批判を集めた。わずか33分間のフライトに対し「問題を深刻に考えるべき」といった声がSNSに書き込まれたのである。『デイリー・ミラー』紙は、リバプールの移動手段がどれほど環境に影響を与える行為だったか専門家に聞いている。
リーズ大学の教授によると、バス移動よりも「25~30倍」の温室効果ガス排出量があったという。バス移動ならば「135kgCO2e」の排出量で済むところ、飛行機を選んだことで「3000kgCO2e」以上の排出量があったそうだ。
一概には批判できない事情も
だが、一概にユナイテッドとリバプールを批判することはできない。当然だが、彼らにも事情がある。リバプールはニューカッスル戦の3日後にCLラウンド16のレアル・マドリー戦を控えており、ユナイテッドもEFLカップ決勝の3日後にFAカップのウェストハム戦(3月1日)を戦う日程だった。
電車は運行スケジュールに左右されるし、バス移動には渋滞といった問題が付きまとう。何より、選手ファーストで考えると試合後に同じ姿勢を長時間取らせるのは、疲労回復とケガ予防の観点から避けたいこと。そのため、できる限り移動時間が短い空路が選ばれることがあるという。
さらに付け加えると、ユナイテッドとリバプールはプレミアリーグの中では環境に配慮しているとされるクラブなのだ。昨年、英国放送局『BBC』が調査を行い、プレミアリーグ全20クラブを環境にやさしい順にランク付けしたのだが、調査項目の中には「持続可能な移動手段」も含まれていた。そのうえでリバプールが1位、ユナイテッドは5位に選ばれており、両クラブとも“環境にやさしいクラブ”とされているのだ。両者とも積極的に「SDGs」に取り組んでいるが、「選手の健康」と「環境への影響」を天秤にかけて苦渋の決断を強いられたということなのだろう。
イングランドでは先月、フットボールの影響力を使って気候変動の問題について喚起する「Green Football Weekend」というキャンペーンが開かれた。賛同するクラブは、その週末の試合でサステナブル素材の緑の腕章を着用するなどして環境問題を訴えかけた。
そういった取り組みがあるからこそ、リバプールやユナイテッドの“移動手段”が物議をかもした訳だが、いずれにせよ、これが問題として取り上げられることこそ「SDGs」への意識を高めるきっかけになるのだろう。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。