再び未来に歩みを進めたレアル・マドリーの大勝劇。リバプール戦の鍵となった戦術的ポイントを紐解く
スーペルコパ・デ・エスパーニャの決勝で実現したクラシコでの敗戦に加え、リーグ戦でもライバルのバルセロナに水を開けられる格好となってしまったレアル・マドリー。しかしながら、迎えたCLラウンド16リバプールとの大一番では見事な逆転勝利を収めてみせた。元東大ア式蹴球部テクニカルスタッフで現在はエリース東京FCのテクニカルコーチを務めるきのけい氏が、この試合でのパフォーマンスを基にチームの現状と今後について分析する。
冬を越え、久方ぶりにあのアンセムを聞くと、“ああ、今季もこの時期がやってきたか”という気持ちになる。
レアル・マドリーは昨季、本拠であるサンティアゴ・ベルナベウで、数々の信じられないような逆転劇を経て4シーズンぶり史上最多14度目の欧州王者に輝いた。カセミロ、マルセロ、ギャレス・ベイル、イスコというクラブのレジェンドたちが退団し、オーレリアン・チュアメニ、アントニオ・リュディガーという2人の実力者を迎えた今季も欧州の舞台では順調な戦いぶりを見せ、首位でグループステージを突破している。
しかし、ラウンド16でさっそく相見えるのはリバプール。そう、記憶に新しい昨季のCLファイナリストだ。国内リーグでは苦戦が続く両者であっても、このカードはいつだってラウンド屈指のビッグマッチとなる。
レアル・マドリーにとって最も大きなタイトルはCLであり、現状のラ・リーガの順位表を正当化するようだが、仮にラ・リーガのタイトルに手が届かなくてもCLを制すことができれば、そのシーズンは肯定される。その意味でも、どんなに過密日程であっても絶対に負けられない試合だ。
リバプールの本拠アンフィールドで行われたその第1レグの一戦は、なんと2-5というスコアでアウェイのレアル・マドリーが大勝する結果に終わった。おそらくこの試合は今季のレアル・マドリーのベストゲームである。レアル・マドリーの視点で戦術的にこの試合を分析しながら、チームの現在地を整理して今後を展望する。
オープンな展開を受け入れるゲームプラン
カルロ・アンチェロッティ率いるレアル・マドリーは、すでに一度完成型を見せている。新戦力が加わり、フェデリコ・バルベルデの覚醒もあって少しずつアップデートがなされているこのチームだが、戦術の大枠は変わっていない。ベースフォーメーションは[4-3-3]。とりわけビッグマッチにおいては、ボール非保持ではローブロックを敷き、右ウイングに起用されるバルベルデの走力、エデル・ミリトン、ダビド・アラバ、ティボ・クルトワで構成される自陣ゴール前の強度の高さを活かして相手の攻撃を受け止める。ボール保持では百戦錬磨のインサイドハーフであるルカ・モドリッチとトニ・クロースを中心とした巧みなプレス回避によりクローズドにゲームをコントロールし、相手が少しでも隙を見せればカリム・ベンゼマとビニシウス・ジュニオールにボールを届けてロングカウンターを仕掛け、敵陣を切り裂く。
そしてこのチームの最大の武器は、これまでの記事でも再三述べてきたようにその二面性にある。バルベルデをインサイドハーフに移し、ロドリゴ・ゴエスを右ウイングに、エドゥアルド・カマビンガをアンカーに据えることで試合終盤にオープンな展開に引き摺り込み、広大なスペースを彼らが制圧して試合の流れを大きく手繰り寄せるという手札を持っている。
前者のベテランを中心とした従来のスタイルと、後者の若手を中心とした新しいスタイルの融合という戦い方の確立に至るまで、昨季は長い道のりを要した。端的にまとめると、序盤に新しいスタイルに挑戦して挫折し、中盤に従来のスタイルに立ち返るも欧州の舞台ではパリ・サンジェルマンを相手に一度玉砕した(CLラウンド16の第1レグで手も足も出ず0-1で敗戦)。そして終盤にCLでの死闘を通して、ようやくこの戦い方をモノにしたというわけだ。
こうした過程を見てきた上で今回のリバプールとの一戦を振り返ると、アンチェロッティにとって大きな決断であり、大きな挑戦であったことがよくわかる。この試合で指揮官は、コンディションの問題によりスターティングメンバーを外れたチュアメニ、クロースの代わりに、他の選択肢もあった中でアンカーにカマビンガ、インサイドハーフにバルベルデ、右ウイングにロドリゴを起用した。つまり、この試合のレアル・マドリーは、初めて欧州の強豪相手にキックオフから新しいスタイルを突きつける選択をした。立ち上がりからこれまで得意としていなかったハイプレスを仕掛け続け、それによってオープンな展開になることをも全面的に受け入れ、その展開を最も得意とするリバプールと真っ向から殴り合ったのだ。
この選択には根拠があった。レアル・マドリーのローブロックを敷く戦い方は時折脆さを見せており、それはエリア内で真価を発揮するタイプの屈強なストライカーと対峙した時に露呈する傾向がある。直近では、0-1でまさかの敗戦を喫したラ・リーガ第20節のマジョルカ戦で、ボールホルダーへのファーストDFが一向に決まらず194cmのベダド・ムリキに放り込まれるクロスにより被弾している。
実のところ、昨季のCL決勝ラウンドで対峙したCFはキリアン・ムバッペやネイマール、カイ・ハフェルツ、ガブリエル・ジェズズ、フィル・フォーデン、サディオ・マネと、そのようなタイプのCFが1人もいなかった。欧州の舞台では、その前のグループステージで対戦したインテルのエディン・ジェコが唯一該当しており、自陣に押し込まれ深い位置から上げられるクロスに大いに苦しめられた。クルトワのスーパーセーブがなければ敗戦していたような試合であった。
187cmのダルウィン・ヌニェス、193cmのコーディ・ガクポという2人の新戦力を迎え攻撃陣が様変わりしたリバプール(加えて世界最高のクロッサーである両SB、トレント・アレクサンダー・アーノルドとアンドリュー・ロバートソンを擁する)に押し込まれる時間帯を長く作られれば、それだけ失点の可能性が高まると考えるのは非常に合理的であった。従来のスタイルでリスクを負うか。新しいスタイルでリスクを負うか。誤解を恐れずに言えば、従来のスタイルの寿命はそう長くなく、再びどこかのタイミングで痛みを伴いながら大きく歩みを進める必要があった。経験豊富なイタリア人指揮官は後者を選択した。
互いのゲームプランは似通っていた。主体となるのはハイプレス。よって互いのハイプレス対プレス回避という構図がピッチ上に反映された。
[4-3-3]のリバプールは、右ウイングのモハメド・サラーと左ウイングのヌニェスがミリトンとリュディガーの両CBに対し両SBへのパスの選択肢をカバーシャドウで消しながら外切りプレスを仕掛ける。W杯での活躍により冬に獲得されたCF起用のガクポは、アンカーのカマビンガを見つつ、ウイングのスタートが間に合わない場合にCBやGKまで圧力をかけ(サラーと並列になるシーンが多かった)、その間右インサイドハーフのジョーダン・ヘンダーソンがカマビンガを捕まえに行く。
一方のレアル・マドリーはリバプールと比べよりマンツーマン志向、だがしかし選手の裁量に任せる傾向が依然として強い[4-3-1-2]に近い形。ベンゼマとともにアンカーのファビーニョを消しながらモドリッチがCBに出ていくこともあれば、右SBのアーノルドのコースを消しながらビニシウスが出ていくシーンも見られた。その時点で最もボールホルダーに近い選手が捕まえに行く。
立ち上がりに圧倒したのはリバプールだった。レアル・マドリーのプレス回避は、クロースの不在が響く。流動的に中央のスペースを利用する得意の連動したプレーは鳴りをひそめ、出口を見つけられずにいた。CB→SBというプレスラインを切るパスに対しても、ウイングのプレスバック、インサイドハーフの横スライド、あるいはSBの縦スライドで利用可能なスペースを素早く圧縮され、その次のパスを出す時系列上のタイミングを制限された。
リバプールのプレス回避は、ビニシウス周辺のスペースを手にしたアーノルド、そしてヘンダーソンとガクポの絶妙なポジショニングが光った。それぞれカマビンガ、左インサイドハーフのステファン・バイチェティッチが1列落ちることによって引き連れるバルベルデの背後の両ハーフスペースで浮いている彼らに何度か縦パスが通ることで、擬似カウンターのような形からチャンスを創出。3分にはヌニェスがサラーのお膳立てから先制ゴールを記録し、12分にはサラーに特大の決定機。直後の14分には処理の難しいカルバハルのバックパスに猛スピードで詰めていたサラーがクルトワのミスを誘い、追加点を奪った。
レアル・マドリーの3つの修正と影の立役者ロドリゴ
その後もチャンスを量産したのはリバプールの方だった。レアル・マドリーはハイプレスを剥がされると自陣に守備ブロックを再構築するが、 [2-3-2-3]の配置を取るリバプールのアーノルド、ヘンダーソン、サラーにファビーニョを加えた4人の流動的なポジションチェンジを前に劣勢に立たされ、チャンネル(SBとCB、ここではリュディガーとアラバの間のスペース)を執拗に突かれてピンチを招いた。しかし“立ち上がりに2失点し、その後もチャンスを量産された程度”ではまったく慌てないのがレアル・マドリーの恐ろしいところである。CL3連覇、そして昨季のように数々の修羅婆をくぐり抜けてきたベンゼマやモドリッチといった重鎮たちがチームに声をかけ、ピッチ上で修正を図った。
ぶれずにプレス回避とハイプレスに注力するレアル・マドリーは15分を過ぎてやや勢いの落ちたリバプールのラインを下げさせる時間帯を徐々に生み出し始め、ボール保持の時間を増やしていった。モドリッチがヘンダーソンのついて来られない位置まで落ち(サリーダ・ラボルピアーナ)、相手のプレスラインに正対して複数の選択肢を見せる個人戦術により、SBを主とする他の味方選手たちが利用可能なスペースを供給していった。
そうして奪った21分、36分のレアル・マドリーのゴールはリバプールの1、2ゴール目と同様にそれぞれプレス回避の成功と(ビニシウスのほとんど単独ではあったものの)ハイプレスの成功によるものとなっており、さらに互いの1ゴール目がウイングの守備意識が相対的に低いビニシウスとサラーのサイドから生まれていることまで含めて戦術的に非常に面白い前半となった。レアル・マドリーは例のごとく好調ビニシウスにボールを集め、オーバーロードからベンゼマらの絡む崩しによって打開を図っており、対面のアーノルドは常に劣勢に立たされていた。
結局のところ、レアル・マドリーは前半の半ば以降試合終了まで、ほとんどリバプールに決定機を作らせることはなかった。立ち上がりの様相からは想像がつかないほどリバプールを圧倒したわけだが、試合におけるターニングポイントとなったのはアンチェロッティが施したボール非保持における3つの修正であった。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki