22-23シーズン冬の移籍市場で500億円以上の資金を投下したチェルシー。リーグテーブルに大型補強の成果を反映させることはできていないが、ピッチ上では徐々に新戦力が躍動しつつある。新オーナーの下で冬に8人の新加入選手が加わったチームの現状を、スコアレスドローに終わったフルアム戦を取材した西ロンドン在住の山中忍さんが伝える。
チェルシーにとって、スタンフォードブリッジでのフルアム戦がこれほど「意味」を持っていたのはいつ以来だろうか? 現地時間2月3日に行われた今季22節での一戦(0-0)は、プレミアリーグ時代(1992年〜)で初の本格的な西ロンドンダービーだったと言ってもよい。
地元での話題性では2001-02シーズン以来かもしれない。国内トップリーグでは34シーズンぶりとなる両軍の対決だった。ただし、敵地で引き分けた後にホームで勝ったチェルシーがビッグクラブに成り上がる前の当時でも、シーズン最終順位で言えば6位と13位の対戦。以降、3度の降格まで経験するフルアムとの間には熾烈なライバル関係が存在しない。
そのため、“フレンドリーダービー”と表現されることもある。この日もフルアムの左ウイングにはチェルシーの主力として7年間を過ごしたウィリアンがいた。01年夏には、チェルシーで1軍に上がったDFのジョン・ハーリーがフルアムに移籍したが「掟破り」でも何でもない。格上に当たるチェルシーにすれば、ダービーとは名ばかりで「お得意」と顔を合わせるような感覚があった。
ところが今回は、リーグ10位のホームに7位が乗り込む格好だった。19節での前回対決はフルアムが17年ぶりとなる勝利(2-1)。チェルシーにとっては異例のフルアム戦黒星。その敵地での敗戦では「お前ら実はブレントフォードだろ?」とスタンドのフルアム陣営に合唱されたが、今回はそのチャントでからかわれもしない。それもそのはず。フルアムがより強い地元ライバル意識を持つ昇格2年目の地元3番手(ブレントフォード)は、22節で1つ順位を下げたフルアムを抜いて7位に浮上することになる。9位で西ロンドン最下位となったチェルシーにとっては、絶対に勝ちたいダービーであるはずだった。
スコアレスドローに終わると、ホームの観衆からは軽いブーイング。確かに、フルアムの4バックがマン・オブ・ザ・マッチならぬ“メン・オブ・ザ・マッチ”にふさわしい試合だった。特に、右SBのケニー・テテとCBのティム・リーム。カウンターでの攻撃面でも効いていたテテは、対峙したミハイロ・ムドリクが風邪でコンディション不良だったとはいえ、前節21節リバプール戦(0-0)では期待度満点のデビューを飾っていた相手FWを前半だけでベンチに追いやり、ハーフタイムを境に左ウイングに入ったノニ・マドゥエケと、後半途中からマドゥエケを逆サイドに回して投入されたラヒーム・スターリングにも無難に対処した。チェルシーが得点に最も迫った79分、1トップとして投入されたダビド・ダトロ・フォファナのシュートを土壇場でクリアしたのがリームだった。
だが、サポーターから指笛を吹かれた原因はそれだけではない点が新オーナーと新監督の下で過渡期にあるチェルシーの悩ましいところだ。例年になく国内カップ戦で早々に姿を消しているチームは、22節フルアム戦が2週間ぶりの試合で、ホームゲームとしては1月半ばのクリスタルパレス戦(1-0)以来。その20節以後の2週間強だけで3選手がチームに加わり、今冬の移籍市場で500億円以上を投じたことになる補強の成果を目の当たりにしたいと願うファンも多かった。
新たな中盤の「盾」E.フェルナンデスの魅力
実際には、地元サポーターが「フルアムから1ポイントを奪ったのだから金を使った甲斐あり!」とでも自虐的ジョークを言いそうな結果となったが、そのフルアム戦でチェルシーが得たものは「エンソ・フェルナンデス」の一言に集約される。移籍4日目にして先発フル出場のアルゼンチン代表MFは、実質的には[4-1-4-1]に近い[4-3-3]の中盤中央で上々のデビュー。試合前のウォームアップ中、「フェルナンデスはどこだ?」と訊いてきた記者に「頭のてっぺんが金髪だからすぐにわかる」と指差して教えた筆者だったが、22歳の新アンカーはキックオフを迎えるとパフォーマンスで目立ってくれた。……
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。