無冠の前年王者。川崎フロンターレが探す「継承されていくもの」
川崎フロンターレが掲げたリーグ3連覇の夢は最終節で消えた。優勝した横浜F・マリノスとの勝ち点差は2。限りなく僅差の2位ではあるが、タイトルを獲り続けてきたここ数年の彼らを考えれば、苦しいシーズンであったことは否めない。それでは、2022年を戦う彼らの歯車はどこで噛み合わなくなっていったのか。川崎を長年追ういしかわごうが、その理由を丁寧に解き明かす。
鬼木体制初の無冠シーズンに
最後の最後まで自分たちを信じ続けていたからだろう。
最終節の勝利後、ゴール裏のサポーターの前に立った主将の谷口彰悟は、絞り出すような声で「やっぱり悔しいです」と無念さを滲ませた。チームの思いを代弁しながらも、時おり言葉を詰まらせていたのは、W杯終了後にクラブから去る決意をしていた彼自身の感情の揺れもあったのかもしれない。
リーグ3連覇ならず。
2022年は、鬼木体制6年目にして初めて無冠に終わったシーズンとなった。
今季、最終的に積み上げた勝ち点は66となる。昨季は勝ち点92(※4試合多い38試合消化)、2020シーズンが勝ち点83だ。リーグ連覇した直近2シーズンが異常だったという見方もできるが、それを差し引いても苦しいシーズンだったことは数字が物語っている。
では、今シーズンの苦戦の原因は何だったのか。
前提を共有しておくと、チームの戦い方の大枠としては、昨年からの継続路線で挑んでいる。2020年から打ち出してきた攻撃的な[4-3-3」システムを、今季も一貫して鬼木達監督は採用した。自慢のパスワークとハイプレス、そしてネガティブトランジションからのボールハント。これらが攻守両面で噛み合う循環に持ち込むことで、一方的とも言える展開で相手を圧倒してきたのが直近2シーズンの戦い方だ。このスタイルはリーグ連覇を達成しただけではなく、いくつかのJリーグ記録を塗り替えるほど猛威を振るった。
ところが、今年は攻守で圧倒し続ける展開に持ち込めなくなった。
ボールを保持して敵陣に押し込む時間帯が減り、むしろ相手に押し込まれる我慢の試合が目立った。ゲームプランの前提が崩れた中で粘り強く勝ちに持ち込んでいく試合運びが、シーズン序盤から続くこととなっている。
この背景に目を向けると、代表クラスの実力を持つ主力の相次ぐ海外移籍があったことは、やはり無視できない要素になる。
とりわけ戦術面での影響が大きかったのは、中盤のバランスだろうか。
川崎の採用する[4-3-3]スタイルでは、この中盤3枚が攻守の肝となる。ボール保持に強みがある一方で、劣勢の時間帯があっても、素早い切り替えと厳しい球際による「即時奪回」で主導権を奪い返しており、そこの生命線を担っていたのが中盤だったからだ。
2020シーズンは対人守備の強さと豊富な運動量がある守田英正と田中碧で中盤の守備強度を保ち、昨季も田中と旗手怜央でそのハードワークを維持した。中盤に大きな負担のかかる戦い方でもあったと言えるのだが、代表レベルの選手たちの高いパフォーマンスで攻守を機能させ続けていた。
前線に目を向けると、昨年夏に海外移籍したウインガー・三笘薫も触れないわけにはいかない。今や説明不要のドリブラーだろう。サイドからの恐るべき突破力と決定力もさることながら、自陣からのカウンターで攻撃を完結してしまう存在は、劣勢の展開でもスペシャルな武器となっていた。そうした替えの効かない主力の海外移籍は、チームスタイルの生命線を考えた際に大きな影響があったと認めざるを得ないところだ。
ハマらなかった新戦力。鳴りを潜めた「即時奪回」
ただこれは前提である。
攻守で圧倒できない展開は、昨年終盤にも散見した兆候ではあったからだ。重要なのは、こうした兆候を踏まえた上で、今シーズンはどういうチーム作りでリーグ3連覇を目指したのか、ということになる。
今季の陣容に関して、強化本部長である竹内弘明氏は、昨季から残っているメンバーがチームスタイルを熟知していることから積極的な入れ替えはせず、既存の戦力を高めていく方向性を継続した旨を口にしている。
そして鬼木監督も、前述したように戦い方の大枠は変えていない。ただチーム作りに関して言えば、力でねじ伏せるような戦いが難しい陣容であることもわかった上で、選手層の底上げを進めていた節はある。前哨戦となった『FUJIFILM SUPER CUP 2022』で浦和レッズに0-2で完敗すると、「自分たちはまだまだ発展途上」というコメントを口にし続けており、序盤は既存の戦力の成長と新戦力の台頭に意識を向けていた印象だった。
例えば北海道コンサドーレ札幌から獲得したチャナティップ・ソングラシンは、今季の補強の目玉として大きく期待された存在である。
高額な移籍金でやってきたタイの国民的スターは、[4-3-3]ではインサイドハーフのレギュラーとして起用され、指揮官からは攻撃の持ち味を出してほしいとリクエストされていた。ただチームの求めるリズムやパスワークの適応に手間取り、攻撃で輝きを生み出せぬまま時間を過ごすこととなった。
チームスタイルとの齟齬(そご)も起きていた。アタッカータイプである彼は、体格的にも身体のぶつけ合いや球際の強度では強みを出せるとは言いがたい。田中や旗手がいない中、同じポジションにチャナティップを配置しても同じ仕事ができないのは当然のこと。適正の問題である以上、彼を責める必要はないのだが、真面目な本人は自分の力不足として捉えていた。シーズン途中の取材対応で、自身の課題をこう口にしている。
「フロンターレのサッカーは、かなりパワーを使います。特にインサイドハーフは攻撃も守備もかなりパワーを使います。自分は体が小さいので、フィジカルを上げなければいけないですし、強度を上げないと周りを助けることができません。攻撃だけではなくて守備にも力を入れないとチームは勝てない。もっとパワーをつけて、自分の持っている力を出せるようにしていきたい」(チャナティップ)
そのチャナティップの隣で起用されていたのは、今季から14番を背負った脇坂泰斗だが、彼もまたセカンドストライカータイプである。ハードワークは厭わないが、攻撃で違いを生み出せるタイプだ。遠野大弥も含め、今季のインサイドハーフは攻撃的な選手同士の組み合わせに偏ることが多くなり、昨年ほどの守備強度を中盤で維持できなくなった。チームの生命線でもあった「即時奪回」が効力を潜めていったのも当然だったように思える。
前線のハイプレスと即時奪回がハマらなくなり、中盤の守備強度が低下すると、そのしわ寄せは最終ラインにくる。次第に相手に押し込まれ続ける時間が増えるようになり、守護神チョン・ソンリョン、日本代表の谷口と山根視来を中心とした最終ラインの耐久力で守り勝つプランに舵を切る試合も珍しくなかった。
結果的に僅差でも勝ち切る堅守と、勝負所を見逃さない勝負強さ、そして指揮官の采配で勝っていたのは事実である。ただ替えられない主力が多くなり、彼らのパフォーマンスが連戦で下がってしまうと大敗を喫するなど、王者らしからぬ負け方も目についた。順位こそ優勝争いに位置しているものの、どこか息苦しさを感じながら戦っているようにも見えた序盤だった。
「どう勝つか」へのこだわり。主将・谷口彰悟が抱いた危機感
そんなチーム状態に警鐘を鳴らしたのは主将の谷口だった。
結果がついてきていることで「どう勝つか」の部分が少しブレてきているんじゃないか。そんな思いをキャプテンがある日、指摘したのだ。……
Profile
いしかわごう
北海道出身。大学卒業後、スカパー!の番組スタッフを経て、サッカー専門新聞『EL GOLAZO』の担当記者として活動。現在はフリーランスとして川崎フロンターレを取材し、専門誌を中心に寄稿。著書に『将棋でサッカーが面白くなる本』(朝日新聞出版)、『川崎フロンターレあるある』(TOブックス)など。将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。Twitterアカウント:@ishikawago