盤石で迎えた開幕から負傷、復活、涙の敗戦…W杯に懸けたネイマールの夢
2022年ワールドカップの優勝候補と言われていたブラジル代表が準々決勝で敗退し、数日間の休日を過ごすために、ブラジルに帰国してきたネイマール。
まさかの結果に国民は落胆したものの、ブラジルで彼を責める声はほとんど聞こえてこない。もちろん、帰国後にパーティーを開いた、などと批判するコメンテーターもいるが、そういった一握りの声が国中を紛糾させているニュースであるかのように世界に拡散されているだけだ。
少なくとも、W杯中のブラジル代表を連日取材していた報道陣は見てきたし、そのニュースを伝えたメディア関係者も知っている。それを日々追っていたであろう国民も分かっていると信じたい。ネイマールがどれほどこの大会に懸け、どれほど努力してきたかを――。
盤石の中で迎えた緊急事態
2014年は、準々決勝コロンビア戦で受けた暴力的なファウルによって、2cmズレていれば半身不随だったという腰椎骨折の重傷を負い、大会離脱を余儀なくされた。
涙ながらに「夢は終わっていない」と語った4年後の2018年は、W杯イヤーの2月に右足を骨折し、3カ月間に渡ってピッチを離れていた。試合に戻ったのはW杯の2週間前、代表での直前合宿の仕上げの親善試合のことだった。
今大会ほどクラブでも絶好調で、心身ともに健康な状態で戦えるW杯はない。本人も周囲もそう語っていた。それが、大会初戦のセルビア戦で右足首を負傷し、号泣することになったのだ。
ラウンド16の韓国戦で復帰し、ゴールを決めた後の記者会見で、ネイマールはケガをした夜のことを振り返って「疑問や恐怖など、1000ものことが頭をよぎった」と語っていた。
しかし、彼は戻ってきた。試合中のベンチから治療を開始したチームドクターは、回復のメドを公言しなかったが、間に合わないという診断は下さなかった。そして、彼と医師、理学療法士、フィジカルコーチは、時間との戦いを11日間で乗り越えたのだ。
全面的サポートを受けて復帰
チッチ監督やチームメイトたちは、機会があるたびに彼の状況について質問され、チッチは「私は確信している。彼はW杯でプレーするよ」と繰り返した。マルキーニョスやカゼミーロは、慎重にこう答えていた。「ネイは寝ている間も治療を受けているんだ。朝も昼も夜も、24時間体制で理学療法を受け、リハビリをしている」
復帰が近づくにつれ、彼がジムやピッチで慎重、かつハードに調整に取り組む姿も見られた。
韓国戦後、彼はこうも語っていた。
「チームメイトたちや家族のサポートを得て、持てずにいた強さを追い求めることができた。そして、みんなが良いエネルギーを伝え、回復を願ってメッセージを送ってくれたことが、僕をすごく励ましてくれた。みんなに心から感謝したいし、その感謝をピッチで見せたい。ブラジル代表が優勝するためにすべてを注ぐ。その使命と夢を持って、僕らはここに来たんだから」
彼の回復と入れ替わるようにグループステージ第3節で負傷し、大会を離脱したガブリエウ・ジェズス、アレックス・テレスとは、自分のことのようにその痛みを共有した。韓国戦でゴールを決めた際には、まだスタジアムに同行していたアレックス・テレスのところまで走っていき、強く抱き合った。
しかし、チームは準々決勝でクロアチアに敗れ、大会を去ることになった。延長前半、ネイマール自身のビューティフルゴールで先制したものの、その後半に同点ゴールを決められ、最終的にPK戦で敗れたのだ。
試合後に語ったこととは?
試合後、泣き腫らした顔でインタビューエリアに現れた彼に聞いたのは、次の3つだ。
1つ目はカウンターアタックによる失点。彼自身、前でボールをキープしようとする様子がうかがえる中で起こったことだった。試合翌日、失点の際に、ネイマールがチームメイトたちに怒鳴っている様子が、テレビのスポーツ番組の読唇術で分析された。それによると、彼はこう言っていた。
「上がる必要はないじゃないか。1-0だ。残り5分なんだ。必要なかった。なんのために上がるんだ!」
しかし、試合後の彼はただこう語っただけだ。
「試合について話すのは難しい。今日の試合については、審判も多くのミスをしたと思う。良い審判だけど、相手がフレッジを削ってきたのはとても危険なプレーで、ファウルを取ってくれても良かった。そうすれば僕らはカウンターアタックを受けなかった。でも、W杯は細かいことの積み重ねだ。ほんの細かなところで不注意やバカなことすれば失点してしまう」
もう1つは、PK戦の順番。ブラジルは1番手ロドリゴと4番手マルキーニョスが失敗し、5番手のネイマールは蹴ることもなく終わってしまった。
「PK戦の前に、誰が最初に蹴るかは決まっていたんだ。それもサッカーの一部。経歴を通して僕はいつでも5番手だったから、その場で変えるのは難しかった。全員が蹴ることにならなかったし、理論上では何とでも言えるけど、今、それを言っても何にもならない」
そして、最後は彼の代表継続について。大会前、自分の心身のコンディションに触れて、これが最後のW杯になる可能性も語っていたからだ。
「分からない。それについて話すのはすごく……すごく早い。僕は何も保証しない。頭を冷静にして考えて、家族と話す。ブラジル代表に戻ってくるとは保証しない。でも、扉を閉めることもしない」
少しずつ前を向く様子も
試合翌日には「精神的に破壊されてしまった。」という衝撃的な言葉を自身のSNSで発信したが、少しずつ前を向こうとする様子もうかがえる。
若いロドリゴがメッセージを通して「あなたの夢を先延ばしにしてしまってごめん」と謝れば、「謝るなんて、頭がどうかしてるよ。(PKは)蹴ったものだけがミスをするんだ。君はクラッキだ。でも、後で蹴り方を教えてやるよ」と、ユーモアを交えて励ました。
やはりPKをミスしたマルキーニョスには「1つのPKが、僕の君への考えを変えることはない。これからもずっと君と一緒だ」とメッセージを送った。
また、敗戦の戦犯として批判されるチッチに関しては、サントス時代、対戦相手だった頃の思い出話まで披露しながら、チッチの監督としての能力と人間性を称えた。
そして、彼はこう記している。
「最後まで全身全霊を捧げて戦った僕らを、支え、愛情を注いでくれたブラジル国民に、もう一度ありがとうを言いたい」
次のFIFA国際マッチデーは来年3月。ネイマールの心の動きを見守っていきたい。
Photos: Kiyomi Fujiwara, Lucas Figueiredo/CBF
Profile
藤原 清美
2001年、リオデジャネイロに拠点を移し、スポーツやドキュメンタリー、紀行などの分野で取材活動。特にサッカーではブラジル代表チームや選手の取材で世界中を飛び回り、日本とブラジル両国のTV・執筆等で成果を発表している。W杯6大会取材。著書に『セレソン 人生の勝者たち 「最強集団」から学ぶ15の言葉』(ソル・メディア)『感動!ブラジルサッカー』(講談社現代新書)。YouTube『Planeta Kiyomi』も運営中。