「目の前の試合にすべてを懸ける」――ガンバ大阪・黒川圭介が振り返るJ1残留争い
2022シーズン、最終節の鹿島アントラーズ戦に引き分けてJ1残留を決めたガンバ大阪。今シーズンは序盤戦から主力選手の怪我の影響もあり低迷。8月には成績不振を理由に片野坂知宏監督との契約が解除されるなど、苦しい戦いを強いられた。そうした状況下でも安定したパフォーマンスでチームを支えたのが黒川圭介だ。
チームMVPに該当する『黄金の脚賞』を受賞し、完全にチームの主力選手に成長した大卒3年目の左SBは残留争いをどのような想いで戦っていたのか。8月から就任した松田浩監督のチームマネジメント、声出し応援の効果、そして、同じポジションを争う藤春廣輝選手との関係……激動のシーズンを振り返ってもらった。
サポーターの声を聞いた時は鳥肌が立った
――2022シーズンお疲れ様でした。まずはJ1残留を決めた率直な気持ちを教えてください。
「喜べる結果ではないですけど、ホッとしました。特に最後の4試合は“負けたら終わり”といえる状況だったので、精神的にも大変でしたけど、なんとかチーム全員で耐え抜くことができました」
――J1残留を決めた最終節の鹿島アントラーズ戦は、残留を争う他クラブの試合経過を聞きながらのプレーとなりました。あまり経験のないシチュエーションだったと思うのですが。
「そうですね。もちろん勝ちにいくつもりで後半も入ったんですけど、残り10分くらいでベンチから『今のところ0-0のままで大丈夫。自動降格はない』という話があって。(他会場の)スコアまで把握していた訳ではなかったので、『本当に大丈夫なのかな?』と不安もありましたけど、そこは監督とスタッフを信じて。失点に繋がるリスクのあるプレーは避けて、時間を消化しながらという感じで」
――試合終了後、他会場の結果を待っている時はどんな気持ちだったのですか?
「いや、もう……数分間が本当に長く感じて(苦笑)。『早く安心させてくれ!早く終わってくれ!』と願っていました」
――J1残留の要因として8月から指揮を執った松田浩監督の存在は大きかったと思います。最もチームが変化したと感じる部分はどこでしょうか?
「メンタルの部分ですね。崖っぷちといえる状況での試合が続いた中で、先のことを考えずに目の前の1試合に向き合うように選手たちに接してくれて。松田監督は熱いんですけど、冷静さも忘れないので、自分たちも信頼して付いていけました」
――確かに松田監督は対メディアにも「選手は必要以上にプレッシャーを感じる必要はない」旨の発言を繰り返すなど、精神面への言及が多かったです。
「自分たちで招いた状況(残留争い)なので責任は感じていましたけど、松田監督が『先のことはなるようになるから』、『まずは目の前の試合にすべてを懸けるんだ』とよく話してくれたおかげで、チーム全員が同じマインドで戦えたのは大きかったと思います」
――精神面から残留争いを振り返った時、残留を争うクラブとの直接対決での敗戦や引き分けはダメージが大きかったのではないかと想像しています。特に後半ATに勝ち越し点を決められた第30節のヴィッセル神戸戦の敗戦(1-2)はチームが崩れてしまう可能性もあったのではないかと。
「(残留争いの直接対決となる)清水や湘南、京都との試合でいい結果を出せていなかったこともあって、神戸戦はチーム全員が残留争いの上で重要な一戦になるのは分かっていました。だから、正直なところ、試合後はちょっと落ち込んでしまう雰囲気はありましたね。先制してからの試合運びや、終わらせ方も含め、課題も多かったので」
――どのように立て直したのですか?
「もう受け入れるだけです。自分たちの実力、現状を受け入れた上で、同じミスをしないようにトレーニングを続ける。繰り返しですけど、松田監督の『目の前の試合にすべてを懸ける』というマインドで、敗戦をなるべく引きずらないように意識しました」
――そのヴィッセル神戸戦後に開催された柏レイソル戦を含む、パナソニックスタジアム吹田での最後2試合は「声出し応援適用試合」でした。残留争いにおいて、サポーターの“声援”は黒川選手に影響を与えましたか?
「最初に声出し応援を聞きながら試合したのがアウェイの福岡戦で、その試合で最後の最後に得点して勝てた(※90+4 分にパトリック選手のゴールで1-0)のは、間違いなく声援によるパワーもあったと思います。そこからホーム1発目の(声出し応援適用試合である)柏戦はピッチでサポーターの声を聞いた時は鳥肌が立ったし、色んなスタジアムを経験しましたけど、熱いサポーターが応援してくれるパナスタでプレーできるのは大きなアドバンテージになっていますよね。実際、(声出し応援適用試合である)磐田戦も勝てましたから」
――J1に残留できた要因として「守備面の改善」についても聞かせてください。シーズン最後の4試合は無失点。松田監督就任以降、守備面はチームの意識が徹底された印象です。
「システムが4バックに固定されて、戦術も(片野坂知宏前監督から)変化した部分はあるんですけど、大きいのは意識の部分ですね。逆サイドにボールがある時に中に絞る距離や、中央を割らせないポジショニング、コーチングの徹底……とにかく隙をつくらないことは自分自身も成長したところだと思います。やることが整理されれば、チーム全員がそこに力を使えるというか、ハードワークを惜しまない姿勢が浸透しました」
――左SBとして一列前のポジションにいるファン・アラーノ選手や食野亮太郎選手と連携するシーンは多かったと思います。試合中、どのようなコーチングを意識していましたか?
「とにかく中に通させないことを重視する守備のやり方だったので『中を締めろ』という言葉は口酸っぱく言いました。松田監督のサッカーは2列目の選手たちのハードワークが欠かせないので、逆サイドにボールがある時も細かくポジショニングの声をかけて。アラーノも簡単な日本語なら通じるので『中』『外』『下がれ』とか、上手くコミュニケーションを取れたと思います」
先輩、ライバル……藤春廣輝との関係
――黒川選手個人としては今シーズン「ミスターガンバ 黄金の脚賞」(日刊スポーツ社が制定するチームMVP)を受賞するなど、躍進の1年になりました。
「自分の持ち味であるドリブルや、相手との駆け引きで剥がしていくプレーをキャンプから継続して出せている手応えはありましたし、さきほど話した守備面での成長も自分の中では良かったなと思っています」
――今シーズン、一番印象に残っているプレーは何ですか?
「ホームの名古屋戦でのJ1初ゴールはやっぱり印象に残っています」
――カットインして利き足ではない右足でのゴールはインパクト抜群でした。
「実は名古屋戦前の紅白戦で同じような形で右足のシュートを決めていて。そのイメージが残っていたので生まれたゴールなんです。得点やアシストという数字の部分はまだまだ足りなくて、チームが低迷した原因の1つだとも思っているので、数字という結果は来―ズン以降より強く意識したいですね」
――ガンバ大阪公式YouTubeの動画では尊敬する選手に元ブラジル代表のマルセロの名前を挙げていました。攻撃面で貢献したい想いは強いのですね。
「左SBの選手なので、まずは守備の役割を果たすつもりでいますが、攻撃的な役割も果たせるマルセロ選手は魅力的だなと。分かりやすくチームを勝たせるアシストやゴールといったプレーを続けることでチームの成績も上がるだろうし、日本代表への道も見えてくるはずなので」
――チームとしては怪我人が多いシーズンになったので、黒川選手が大きなケガなくフル稼働したことも評価されたポイントだと思います。コンディショニングで意識されていることはありますか? 最近、サウナにハマっているという話も聞きました。
「サウナは心身ともにリラックスできるので、最近は疲労感を感じたら駆け込んでいます。少し値段も高いので頻繁にはいけないですけど、プライベートサウナも利用しますね。あと、『ハイアルチトレーニング』と言って、低酸素の環境で運動するトレーニングを試合が週に1回のタイミングでは取り入れていて、コンデイションを維持する意味でも、身体に新しい刺激を入れることは意識しています」
――大卒でガンバに加入して3年目。そうした地道なトレーニングも身を結び、日本代表を目指すことを宣言できる今に至るまでには、苦労もありました。即戦力として期待された1年目はトップチームのレギュラー争いに絡めず、ガンバ大阪U-23で過ごす日々も経験しています。
「1年目は焦り、悔しさ、自分への不甲斐なさを感じる時間でした。縮こまったプレーになっていて、自分らしさをまったく出せなかったのですが、当時はそんな風に客観的に自分を見ることもできなくて。ただ、今だから言えますけど、1年目に苦しみ、もがいたからこそ自分の良さを見つめ直せたというか。もったいない1年を過ごしたと感じているからこそ、これからもっと貢献していきたいという気持ちです」
――そうした苦労をチームメイトが見ていた影響もあるのでしょうか、「ミスターガンバ 黄金の脚賞」が発表された時にチーム全体で祝福していた様子は印象的でした。特に同じポジションを争う藤春廣輝選手は黒川選手を抱きかかえていました(笑)。
「藤春選手とはライバルということを忘れるくらい、良い関係を築かせてもらっています。『黄金の脚賞』も直前に『今年は絶対お前や。胴上げしたるわ』と言われていて(笑)。お互いのプレーについて『あの時はこうした方が良かったね』とか話をすることも多いですし、認め合っているし、高め合っている関係だと思います」
――今シーズン初めに藤春選手にインタビューさせてもらった時も「ライバル心なく、若手選手には経験を伝えたい」と話されていたのですが、本当なのですね。
「心の奥底では、出場時間が減ることに悔しさや、ライバル心はあると思いますし、そうした感情がないと長くプレーできない世界なので。それでも、自分が試合に出ている時は応援してくれますし、アドバイスもくれます。本当に良い先輩です」
――2024年シーズンには法政大学の今野息吹選手の加入が内定しています。今度は先輩として同じ左SBの選手とのコミュニケーションが求められます。
「僕もライバル心をむき出しにするタイプではなくて、実際に今野選手が練習参加した時は積極的にコミュニケーションを取りました。それこそ藤春選手と3人で話したこともありますし、お互いにアドバイスを送るのが左SBの伝統として受け継がれていくかもしれません」
欧州との差を測る機会に
――今年は夏にパリ・サン=ジェルマン戦が開催され、今週末にはフランクフルト戦も予定されています。黒川選手は欧州でのプレーに関心はありますか?
「レベルの高い環境でプレーしたい想いはあります。(欧州でのプレーは)年齢的に難しいことも理解していますけど、日本代表に入って自分のプレーを知ってもらう機会を増やすとか、チャンスを広げる野心は持ち続けたいと思っています」
――そういう意味ではパリ・サン=ジェルマン戦でゴールを決めたのはいいアピールになったのでは?
「確かに反響はありました。お客さんとして見に来てくれた友達もいましたし、試合後はLINEの通知がすごかったです(笑)。ただ、(パリ・サン=ジェルマンは)次元が違うというか。例えば、ネイマール選手は試合中ずっとオフ・ザ・ボールの状況で駆け引きを繰り返しているんです。相手と味方のポジションを常に見ながら、細かい動き直しを続けていて、だからこそフリーでボールを持てたり、パスや抜け出すタイミングを見逃さない。そういう質の高さを肌で感じることができたのは勉強になりました」
――フランクフルト戦もいい経験になればいいですね。
「ヨーロッパリーグを優勝した欧州の強豪クラブと対戦できるのは本当に楽しみです。パリ・サン=ジェルマン戦の時と同様に消極的なプレーはせずに、全力を出すことで欧州との差を測る機会にしたいと思っています」
――今日はありがとうございました。来シーズンのさらなる活躍を期待しています。
「ありがとうございました。今シーズンはサポーターの皆さんが望んでいるような結果が得られず、大変な思いをさせてしまいました。来シーズンはもっと高みを目指すので、一緒に頑張りましょう!」
KEISUKE KUROKAWA
黒川圭介
兵庫県明石市出身。大阪桐蔭高校、関西大学を経て、2020年にガンバ大阪に加入。縦へのドリブル突破や、相手との駆け引きで剥がすプレーを持ち味に、ガンバ大阪の左サイドを支える攻撃的左SB。2022シーズンは主力選手の1人として試合出場数を伸ばし、第6節・名古屋グランパス戦ではJ1初得点を記録。日刊スポーツ社が制定するチームMVPである「黄金の脚賞」にも選出された。
Photos: ?GAMBAOSAKA , Getty Images
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime