“小鳥”から“ファルコン”、そして――ウルグアイの怪物フェデリコ・バルベルデが世界に翼を広げる時
W杯で見てほしい! 推しクラブのイチオシ選手#3_レアル・マドリー編
いよいよ開幕が目前に迫るカタールW杯。4年に一度の祭典をどのように満喫するかは人それぞれだが、普段特定のクラブを応援している人にとって、所属選手たちの活躍は楽しみの1つであろう。そこで、自らの推しクラブを持つ方々にW杯で注目してほしい“イチオシ選手”をピックアップしてもらい、その魅力を綴ってもらう。
第3弾では、東大ア式蹴球部テクニカルユニットで磨いた分析力を生かし、自身のnoteやfootballistaにて愛するレアル・マドリーの考察記事を執筆しているきのけい氏が、ウルグアイ代表の若武者フェデリコ・バルベルデの成長の足跡をたどり、進境著しいパフォーマンスの凄みとその魅力を語る。
2018年のロシアW杯、4年に1度のサッカーの祭典に臨むウルグアイ代表のメンバー23選手の中に、彼の名前はなかった。しかし4年の時を経て今、彼は“セレステ”(ウルグアイ代表の愛称)のキーマンとして、そして世界で最も注目される選手の1人として、カタールの地に降り立とうとしている。
フェデリコ・バルベルデ。24歳にして、昨季CL覇者レアル・マドリーに君臨する絶対的なMFである。
“パハリート”(小鳥)という愛称で呼ばれ、母国ウルグアイの名門ペニャロールで頭角を表すと、2015年の3月にレアル・マドリーへの移籍が内定。18歳となった2016年の7月に加入を果たし、初めの2シーズンはそれぞれBチームであるカスティージャ、レンタル先のデポルティーボでプレーした。2018年の7月にトップチームへと帰還し、今季で5シーズン目となる。
推しクラブの“イチオシ選手”というテーマの下、バルベルデがレアル・マドリーでこれまでに担ってきた役割やプレースタイルに触れながら、ターニングポイントとなった試合、彼が残してきた成長の軌跡を振り返りたい。
バロンドーラーへの挑戦権
ジネディーヌ・ジダン監督が2度目の就任を果たした後、国内とCLのタイトル奪還に向けて再起を図ることとなった2019-2020シーズン、DFにはエデル・ミリトンとフェルラン・メンディを、FWにはロドリゴ・ゴエス、エデン・アザール、ルカ・ヨビッチ(現フィオレンティーナ)を加えた。一方のMFは将来への投資の意味合いが強かった久保建英(現ソシエダ)とヘイニエル(現ジローナ)の他に目立った補強はなく、ジダンの第1次政権時に控え選手として最も信頼されていたマテオ・コバチッチ(現チェルシー)や、サンティアゴ・ソラーリ前監督に重用され、カセミロのポジションを奪いかけていたマルコス・ジョレンテ(現アトレティコ・マドリー)を完全移籍で放出。さらにジダンはダニ・セバージョス、マルティン・ウーデゴール(現アーセナル)のレンタル移籍も容認している。
このジダンの決断には、トップチーム初シーズンでかなり限定的な出場機会しか得られていなかったバルベルデへの強い期待と信頼が明確に表れていたと言って良いだろう。そして彼は監督の期待に応え、大きく飛躍を遂げる。
バルベルデがベンチへと追いやったのは、なんとルカ・モドリッチである。[4-3-3]の布陣の右インサイドハーフ(IH)として地位を確立した最大の要因は、その規格外のダイナミズムだ。
ジダンはビセンテ・デル・ボスケ、カルロ・アンチェロッティの系譜を継ぐマネージメントを志向する監督で、選手に大きな制約を与えず、モチベーションを管理しながら自由にプレーさせることで、個のクオリティを引き出すことに長けていた。
当時のレアル・マドリーの右ウイングは主にギャレス・ベイル(現ロサンゼルスFC)、ロドリゴ、ルーカス・バスケスの3人がレギュラーの座を争っており(マルコ・アセンシオは前十字靭帯断裂の重傷)、重要な試合ではイスコ(現セビージャ)が起用されることもあった。バスケスを除く彼らは中央レーンやハーフレーンでより輝きを増す選手であり、ジダンが許容する自由なポジションチェンジの代償として右サイドに広大なスペースを空けてしまうことが多かった。バルベルデは豊富な運動量でそのスペースをカバーし、中盤に高い強度をもたらした。
一方で、攻撃の局面での貢献も非常に高かった。5レーン理論やハーフスペースといったワードが日本でも浸透しつつあった当時、十八番のプレーとしていたのが4バックの相手の左SBと左CBの間に走り込む“チャンネルラン”である。彼のIHとしての特異性はその驚異的なスピードであり、意表を突くスプリントに対しカバーリングの間に合う相手中盤選手はほとんどいなかった。
その名を世界が知ることとなった2試合をピックアップしたい。CLグループステージ第5節、ホームのサンティアゴ・ベルナベウで行われたパリ・サンジェルマン戦と、サウジアラビアで開催されたスーペルコパ・デ・エスパーニャ決勝アトレティコ・マドリー戦である。
第2節の対戦で0-3と大敗を喫し、クライシスが騒がれていた中での再戦となったパリ・サンジェルマン戦は、最終的に2-2の引き分けに終わったものの、攻守において相手を圧倒。バルベルデは得意のチャンネルランで先制ゴールの起点となり、ビッグマッチで鮮烈な印象を残した。
延長戦にまでもつれ込んだアトレティコ・マドリー戦では、110分に元レアル・マドリーのアルバロ・モラタがカウンターから完璧な形で抜け出し、GKのティボ・クルトワとの1対1を迎える。しかし、バルベルデが全走力で追いかけると、後方から退場覚悟の決死のスライディングを敢行。決定機阻止で一発退場となったが、これによりPK戦に持ち込んだレアル・マドリーが試合を制してタイトルを獲得し、バルベルデは退場選手としては異例の大会MVPに輝いている。このシーンは賛否両論分かれ物議を醸すこととなったが、相手指揮官のディエゴ・シメオネも「決勝に勝ったのはバルベルデだった」と彼を称賛する言葉を述べている。
上述の通り数々のMFたちがモドリッチ、トニ・クロースとのポジション争いに敗れクラブを去っていった中、唯一その挑戦を成功させたのがバルベルデだった。新型コロナウィルスの影響によるシーズン中断が明けると絶好調のモドリッチに再びポジションを奪い返される格好となったが、上記2試合に加え中断前のビッグマッチであったCLラウンド16マンチェスター・シティ戦第1レグ、バルセロナとのエル・クラシコの2連戦では、出場機会を分け合ったモドリッチとクロースの隣で両試合ともスターティングメンバーに名を連ねている。
最終的にレアル・マドリーは3シーズンぶりにラ・リーガ王者に返り咲いた。こうした彼にしか発揮できない価値を、ジダンは見抜いていたのだ。
ユニバーサルな能力の開花
しかしながら、バルベルデとジダンにとって2020-2021シーズンは非常に難しいものとなった。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki