11月11日、カタールW杯招集メンバーを発表したルイス・エンリケに、記者会見でこんな質問が飛んだ。
「人権問題があるカタールでプレーすることに抵抗がありますか?」
彼はこう答えた。
「問題があるにもかわらずFIFAがカタールを選んだ。論争のある国であることは明らかだが、ポジティブに見れば、より公正な社会に変えることができるかもしれない。私は代表監督であって政治家ではない。世界の人々の生活が向上すれば良いとは願う。だが、それは私の仕事ではない」
これは恐らくスペインサッカー連盟の模範解答に非常に近いものだ。
スペインスーパーカップを女性への差別があるサウジアラビアへ持って行ったことについて、ルイス・ルビアレス会長がこう言っていたからだ。
「女子のリーグは、以前はなかったが今はある。性別に関係なくスタジアムに入ることもできる。こういう政治体制に接した時に背中を向けるのか、それともサッカーと旅行者を連れて行って少しずつ変えようとするのか」
「カタールの民主化を助けるためにW杯を開催する」。これがスペインサッカー界の大義名分だろう。
開催国への批判も増加
W杯が近づくとともに、開催国への批判も増えてきた。
国営テレビ局『TVE』は先週「カタール2022、ボールは蹴り出された」というドキュメンタリーを制作、スタジアム等の巨大インフラを、開催決定から12年間で建設せざるを得なかった労働現場の過酷さを外国人労働者に語らせ、「現場で亡くなった外国人の数は数百人から6500人とされる」と紹介した。『TVE』は大会の放映権の一部を買っているが、こういうところは忖度がない。
政治家も動いている。
カタールでは同性愛が禁止されている。折しもW杯アンバサダーが「同性愛は精神の傷だ」と発言して物議を醸したばかりだ。
先月末、バルセロナ市長は「人権を尊重しない独裁国家である」として、観戦用巨大スクリーン用に公共のスペースを貸し出さないことを決めた。マドリッドは予算不足を理由に2012年を最後に設置していないから、少なくとも2大都市にはファンゾーンが存在しなくなったことになる。
先月初めには、スペインの政権与党である社会労働党がレインボーカラーのキャプテンマーク(虹色はLGBTの連帯と自由の象徴)を巻くことを申し入れたが、サッカー連盟は返事を保留している。すでに着用を決めた8カ国(オランダ、ベルギー、デンマーク、フランス、スイス、ドイツ、ウェールズ、イングランド)と歩調を合わせるかはわからない。着用にFIFAが罰則を科すのかどうかと併せて、注目されている。
「受け入れたのならやるしかない」
さらに、「そもそも……」の話として、なぜカタール開催が決まったのかという記事を目にすることも増えた。
この決定が汚職にまみれ、W杯を金で買ったに等しいことは、すでに優れたドキュメンタリーやルポルタージュ等で指摘されている通り。当時、ペップ・グアルディオラが広告塔として招致に一役買ったこととも蒸し返されている。
最後に、唯一現場のサッカー人として声を上げたセビージャのホルヘ・サンパオリ監督の言葉がなかなか的を射ているので、締めくくりに紹介したい。
「今は誰も文句を言えない。もっと前に解決しておくべきだった。シーズンを中断して中東の国で開催する。今はもう何もできない。FIFAはプレーすべきじゃない場所と時期にプレーすることを決めた。すべては金のためだ。大きなビジネスなんだよ。それを受け入れたんだろ? ならばやるしかない。不満はもっと前に言うべきだったんだ。ビッグビジネスが最優先。その被害をこうむるのは彼ら以外の、しかも下々の者たちだ」
Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。