役割的には「疑似メッシ」?ホーランド加入でペップ・シティは何が変化したのか
マンチェスター・シティに新加入したアーリング・ホーランドが止まらない。プレミア9試合でハットトリック3回を含む15ゴール。チームとしてもリーグトップの33ゴールと、さらに破壊力が増している。怪物FWの加入でペップ・シティはどう変わったのか? ペップ戦術の構造、そのラストピースとしてホーランドが果たしている戦術的意味を考察する。
「最後のピースがハマった」
誰もがそう感じている通り、“全自動得点量産マシーン”ことアーリング・ホーランドが加入した今季、マンチェスター・シティは公式戦12試合で44ゴールを挙げる破壊的な攻撃力を披露している。今季絶好調のアーセナル以外のビッグ6は軒並み調子が上がらない様相を見せる中、6年目を迎えるペップのフットボールの完成度は群を抜いている。アーセナルとの直接対決を制すれば、早い段階での独走体制もあり得ると言えるほどのパフォーマンスを見せていると言えるだろう。
今夏の補強におけるビッグネームはホーランドのみで、スターリングやジェズス、ジンチェンコといった主力選手たちが複数退団したことを考えると、ホーランド加入の影響力の大きさは特筆に値する。そこでこの記事では、彼の加入を軸に据えながら今季のマンチェスター・シティの戦い方を分析し、今後のパフォーマンスについて占っていきたい。
ゲーム構造をハックした「ハメ技」戦術の功罪
マンチェスター・シティ、もといペップのフットボールを一言で表現するなら、格闘ゲームでいうところの「ハメ技」に近い。
ひとたび先制点を与えてしまえば、最大限のスペースを確保して行われるボールポゼッションに対して否が応でもボールを奪いにいかねばならない。すると危険なスペースに綻びが生じやすくなるため、前進や侵入を許してしまう。ボールを奪いにいかなければ時間を、ボールを奪いにいけばスペースを利用されてしまうという地獄の二者択一を迫る様は、さながら借金地獄にズブズブとハマらせる闇金くらいタチが悪い。
彼の戦術が一際特異なのは、サッカーのゲーム性自体をハックしたような戦術構造になっているため、「相手がどんな戦術を取ってきても強い(=相手は関係ない)」というチートじみたことが起きるという点だ。最大限の幅と深みを取ってポゼッションを行うことは、「広いスペースでプレーする方が狭いスペースでプレーするよりもミスが起きにくい」という至極真っ当な原理に基づいている。相手の背後、さらにできればゴール方向にラインを越えた位置にポジションを取ることは、人体の構造上認知できない背後に立つことによる先手の取りやすさや、有効なスペースに陣取ることによる配置的優位性を生み出す。これもやはり考えればわかるようなシンプルな原理に適った戦術行動だ。このように、一つひとつの原則は至極真っ当な原理に基づいたシンプルなものなのだが、だからこそ汎用性が高く、堅牢性の高い戦術へと仕上がっている。
このような原則の中でも、他のチームにはない優位性を生み出しているのが「ゆっくりプレーすること」で、これによってただでさえ技術レベルが高い選手たちのミスの可能性が極限まで抑えられている。ゆっくりプレーする方が技術的/認知的負荷が低いのは言うまでもなく、これもまた人体の認知機能における至極真っ当な原理に適った発想なのだが、当然相手もスペースを奪ってミスを誘発しようとするわけなので、重要なのはそれを可能にする戦術構造にある。これには、先にも述べた「最大限のスペースの確保」や「守備ラインの背後にポジションを取ることで配置的優位を得る」といったチームとしての配置的要因も当然含まれる。ペップのサッカーが「ポジショナルプレー」としてフィーチャーされたのもこの配置的優位性がゲームの支配に大きく貢献しているからだ。
しかし、このような配置の調整は実際にはゲームを支配する“準備”に過ぎない。事実、11人の配置程度は本気で模倣すればさほど難しくないのだが、配置のみを模倣したチームが「ペップのフットボール」を完璧に再現できることはほとんどない。逆に言えば、ペップのチームといえども配置的なエラーは散見されるが、それでも圧倒的なボール支配が可能なのは本質的な要因が別にあるからだ。
真に重要なのは、配置やポジションを取った上で各個人が見せる「ボールの持ち方、選択肢の見せ方」といったミクロな個人戦術の部分だ。例えば、ボールホルダーが相手の1stDFに対して正対することで選択肢を複数確保すること、その中でも特に前方のパスコースを選択肢として見せることは非常に重要だ。先ほども述べたように相手の守備ラインの背後にポジションを取る味方選手はゲーム構造として配置的優位性を持つ。そのため、優位性のあるパスコースを選択肢に持つ(それを相手に見せる)ことで、“相手がどんな守備行動を取ったとしても”こちらは有利な攻撃アクションを選ぶことができる。無理をしてプレッシャーをかけようとすれば素直に奥のパスコースを選んでラインを越えて前進できる、背後を恐れて後退すればその分ドリブルやパスによってノーリスクで前進できる、中を閉じれば外が空くし、焦れて外に食いつけば中央からラインを越えられる。このように、配置的優位性を真に生かすためにはそれを活用する“個人戦術”が組み合わさっていることが不可欠であり、ペップはこれをチームに浸透させることができるという点において依然唯一無二の存在であると言える。
だが、ペップの戦術が“最強”ならば、なぜ他のチームは同じ戦術を取らないのか?という話になるのは当然だ。他のチームが同様の戦術を採用できない理由には、当然先にも述べたように配置的優位性を生かすための個人戦術を仕込める指導者がほとんどいない(だからこそペップが唯一無二の存在となっている)ことが挙げられる。しかしもう1つ、一見最強に見えるこの戦術には大きな構造的な弱点が存在し、そのこともまた他のチームが同様の戦術を取りにくい大きな要因になっている。
それは、冒頭で述べたこの「ハメ技」戦術の定義にある通り、先制点、ひいては相手よりも多く得点を奪えるという担保がなければ成立しない戦術であるということだ。危険なスペースを利用されたとしても得点を奪われないのであれば、守備側は危険なスペースを空けることを躊躇しなくなる。そのため、思ったように配置的優位性によるプレッシングの牽制が機能せず、ガッツリとプレッシャーを受けてミスの可能性が高まるだろう。
あるいは、そもそも得点が奪えないのであれば、ボールを持つことによって「時間」を浪費することのリスクは攻撃側にも等しく降りかかることになる。さらに言えば、ペースを落として前進することで相手を押し込む割合が増えるということは、相手ゴール前のスペースはどんどん狭くなり、得点難易度はスペースがある時に比べて跳ね上がる。この場合、戦術が機能すれば機能するほど自分たちの得点可能性は下がってしまい、良くて引き分けの可能性ばかりがどんどん高まっていってしまうことになる。焦れて無理に得点を奪いにいくことになれば、カウンターを受けるリスクは増大するので、相手を押し込む“最強の戦術”は一転してリスクにもなってしまう。
ホーランド加入で選択可能になった「コスパのいい戦術」
他でもないペップ・シティも、昨年までこの問題を抱えていた。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd