シンプルな原則によるエコロジカル・アプローチ?「答え」がないスキッベサッカーの謎に迫る
サンフレッチェ広島を見続ける中野和也氏に「スキッベサッカーで強くなった理由」を聞いたが、その答えは「わからない」だった。ミシャ式のような斬新なシステムも、横浜F・マリノスのような海外サッカー由来のコンセプトも見えにくい。では一体なぜ、強くなったのか――? その裏にあるのは、いくつかのシンプルな原則を設けて、細かい部分は選手の裁量に任せるエコロジカル・アプローチ的なチーム作りにあるのかもしれない。
信じられないほど、強い。
広島の8月は、こんな言葉で表現したくなる。それほどに、結果を出し続けた。ルヴァンカップ準々決勝では、横浜F・マリノスを相手に3-1、2-1と圧倒。Jリーグでも、鹿島アントラーズ・柏レイソル・ガンバ大阪・セレッソ大阪と実力者を相手どって4連勝。しかも、4試合で13得点と半端ない爆発ぶりだ。
得点者も日替わりである。8月の公式戦6試合でナッシム・ベン・カリファが5得点、松本泰志が3得点。この2人は確かに目立っているが、彼らだけがゴールしているわけではない。柏好文、荒木隼人、野津田岳人、川村拓夢、エゼキエウ、野上結貴、藤井智也、満田誠、茶島雄介、そしてピエロス・ソティリウ。6試合で12人ものスコアラーを輩出している。さらにいえば、8月の18得点中、途中出場の選手が5得点決めていることも特筆すべきだろう。
公式戦6試合中、複数失点が3試合と持ち味の堅守が薄れたと思っていたら、リーグ戦6試合連続複数得点中だったC大阪を完封。前半は相手の速いプレッシングに押し込まれるシーンもあったが後半に修正し、終わってみれば相手のシュートは9本で、後半は相手の決定的シュートはゼロ。上位への挑戦権争いとしても注目された一戦を勝ちきった。
「なぜ強い?」がわからない
ここまで結果を出すと、その理由が当然、気になるもの。今回の記事も、そういうテーマのもとに書き進めたいと思っていたが、どうしてもキーボードが弾まない。それは、もっとも読者が知りたいところの「広島の強さの理由」が、いまだに見えないからだ。少なくとも、2008年にミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現札幌)が導入した「ミシャ・システム」ほどの明確さはない。
例えば横浜FMの強さは、アンジェ・ポステコグルー監督(現セルティック)が導入した圧倒的なボール支配によるアタッキングサッカーによるもの。「偽SB」などの新機軸を打ち出した戦術的な妙味は、サッカーファンを引きつけた。
例えば川崎フロンターレは、風間八宏前監督時代から徹底して叩き込んだ「止める・蹴る」の技術の高さを基準として、鬼木達監督が即時奪回を何度も繰り返すハイプレスからのショートカウンターを仕込み、黄金期を築いた。
この2チームは、Jリーグの中でも新しくて効果的な戦術を駆使して、栄光を握っている。そのベーシックにあるのは、いずれもポジショナルプレー。いいポジションを選手たちが取ることで配置的優位を作り、ボールを保持することを前提としたサッカーだ。
では、広島を牽引するミヒャエル・スキッベ監督はどうか。
広島のベーシックな戦術は、ハイライン・ハイプレスが挙げられるが、それは決して「新しい」考え方ではない。「ボールに向かって守備をする」は、チームをビルドアップする時のテーマになった言葉だが、それについても決して「新しい」わけではない。球際で激しく守備をするチームは、例えば鹿島は伝統的にそうだし、湘南もそういうチームだ。そもそも、昨年の広島も「靴1足分の寄せ」という城福浩監督(現東京V監督)の指導のもと、球際の厳しさは発揮していた。
広島も「いいポジションを取る」ということについては、以前からしっかりと意識している。よく言われる「5レーン」についても原則を守っているようにも見えるが、トレーニングでそれを意識したメニューをやっているのは見たことがないし、そういう指導を聞いたこともない。試合前日のトレーニングだけは冒頭30分を除いて非公開となっているので、そこで指導しているのかもしれない。ではサガン鳥栖ほどの「ポジショナルプレー」感が試合に出ているのかと問われると、それはない。
戦術的な興味が深いフットボリスタの読者から見れば、広島のサッカーに特別な新味はないかもしれない。だが、それでもチームは勝利を重ね、カップ2冠とACL出場権が狙える位置にいる。表現するサッカーはアタッキングで、機能的で、娯楽性にも満ちている。
「後半の強さ」「得点者の多さ」――明確な傾向はある
広島のサッカーを語るキーワードはたくさんある。
例えば、もはや異次元と言っていい後半の強さ。全43点中前半のゴールは11点で後半は32点。これは横浜FMの30得点、川崎Fの24得点を上回ってJ1トップだ。もちろん、横浜FMと川崎Fとでは試合の消化数が違うので一概に比較はできないが、それでも全体の74%が後半に生まれているのは、特徴的だ。さらに61分以降のゴールは26得点で川崎Fの20得点、横浜FM、清水の19得点を大きく凌駕。76分以降は15得点で横浜FMの14得点、川崎Fの12得点よりも上をいく。圧倒的な強さで優勝した2015年ですら、後半は38得点(34試合)で最後の15分間は19点だが、61分以降の数字は28得点と今季の数字とすでに近い。
例えば、得点者の数だ。広島は第27節現在で18人の選手がゴールを記録している。一方、横浜FMは13人で川崎Fは15人。「ポジショナルプレー」の代表格である鳥栖も16人だ。広島の「18人」はJ1トップ。その18人のポジションを見ると、FWが5人、シャドーが4人、ボランチが2人、ワイドが4人、3バックが3人。ポジションに偏りがない。レギュラー格のフィールドプレーヤーで唯一ゴールがないのは塩谷司だが、彼は3アシストを記録している。
つまり、どこからでも点が取れるチームになっていると同時に、誰が出てもゴールできるという事実も表している。
例えば今季、途中出場の選手が得点を決めているのは8人(10得点)。横浜FMが3人(4得点)、川崎Fが5人(6得点)という数字を見ても、広島の途中交代がポジティブに機能していることはわかる。2015年の広島は途中出場の選手が12得点を記録しているが、うち8得点が浅野拓磨によるもので、決めた選手の総数は4人。いかに、今季の広島が突出しているかがわかる。
そこから導き出された「1つの仮説」
では、どうしてこういう現象が起きているのか。……
Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。