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アレグリ・ユーベが抱える本質的な課題とは?「新プロジェクトの中核」ブラホビッチが消えている矛盾

2022.08.25

昨シーズンのユベントスの総括として片野道郎氏に「隠れたエコロジカル実践者、アレグリ・ユベントスに内在する“文化的危機”」と題して、アレグリ・ユーベが結果を残してきた選手の個性に応じた柔軟なチーム作りの仕組み、しかしながらその根本にある指揮官の“カルチョな”サッカー観が若い選手たちの共感を生まなくなってきた構造について言及してもらった。それを踏まえて、今シーズンのアレグリ・ユーベはどう変化したのかを分析してもらおう。

 さる3月21日、ユベントスのマウリツィオ・アッリーバベーネCEOは、パウロ・ディバラとの契約を延長しないという決断の理由をこう語ったものだった。

 「1月にブラホビッチを獲得したことでチームの戦力的状況が変わった。ディバラはもはやプロジェクトの中核にはいない」

 そして迎えた今夏の移籍マーケット、ユベントスはそのドゥサン・ブラホビッチを「プロジェクトの中核」に位置づけて、チームの補強を進めてきた。ディバラの「放流」に加えてアルバロ・モラータも買取オプションを行使せずアトレティコに返却、空いた前線の2枠にアンヘル・ディ・マリア、フィリップ・コスティッチという、タイプが大きく異なる2人の左利きウイングを獲得した。これは2ライン間からのラストパスと大外からのクロスという2つの異なるルートから、ブラホビッチに質の高いアシストを送り届けることを意識した人選と解釈することができる。

 8月15日のセリエA開幕戦では、コスティッチがベンチスタートだったものの、ディ・マリアは[4-4-2]と[4-3-3]のハイブリッドとでも形容できる可変システムで、右のハーフスペースを主戦場にチャンスメイクでもフィニッシュでも躍動し、1ゴール1アシストという大活躍(ただし60分過ぎに故障交代)。ブラホビッチも、そのディ・マリアのアシスト、そして自ら奪ったPKで2ゴールを挙げて期待に応えた。3-0という文句のないスコアでの快勝、そして期待されたキープレーヤーの活躍ぶりは、ユベントスの「新プロジェクト」が順調なスタートを切ったと思わせるものだった。

サッスオーロ戦でディ・マリアのお膳立てから、自身2ゴール目となるチーム3点目を挙げたブラホビッチ

 しかし、それからわずか1週間後、サンプドリアとのこの第2節は、内容・結果ともに開幕戦の印象を大きく裏切るものだった。結果は0-0のスコアレスドロー。前節主役を演じた2人は、ディ・マリアが内転筋の軽い肉離れ(全治20~25日の診断)で欠場、ブラホビッチはCFとしてプレーしたものの、前後半を通してのボールタッチがわずか9回と、ほとんどゲームから疎外された状態で90分を過ごした。前半45分に至っては、キックオフ、敵のCKのクリア、2ライン間に下がってのポストプレーと、たった3回しかボールに触ることができずに終わっている。「プロジェクトの中核」たるべきストライカーがである。

 まだチームが固まっていないシーズン最初の2試合、しかも対戦相手のタイプも少なからず異なっているだけに、このチームについて何かを言い切るのは簡単なことではない。特にこのサンプ戦は、プレシーズンに半月板を損傷して欠場中のポール・ポグバに加えてディ・マリアと、今夏の補強の「二枚看板」が揃って不在だっただけになおさらである。

 しかし逆に、だからこそ否応なく見えてくる側面があることも確かだ。この2試合のユベントスについて言えることがあるとすれば、それは「アレグリのサッカーはどうやら変わっていない」ということだ。

サンプドリア戦で苦渋の表情を浮かべるアレグリ

「PPDA=プレス強度」がセリエA最下位

 その特徴を端的に並べてみよう。システムやメンバーは固定しない、内容よりも結果、得点よりも失点しないことを重視する、明確なゲームモデルやプレー原則は持たず個のクオリティと連携に局面打開を委ねる、チーム戦術より個人戦術と個人技術に軸足を置く、主導権にもボール支配にも拘泥せず効率的に勝利を手に入れるためのゲームマネジメントを重視する――それらが具体的にどのように表れたか、以下で見て行くことにしよう。

 ユベントスのキックオフで始まったこの試合、「おっ」と思わされたのは、センターサークルからブラホビッチが中盤にボールを戻すと同時に、クアドラード、マッケニー、ブラホビッチ、ラビオ、コスティッチの5人が一斉にスタートを切ると5レーンを埋めながら敵陣深くに走り込んだことだった。しかも、後方から放り込まれたロングボールをサンプのGKが回収して後方からリスタートすると、そのままハイプレスを仕掛けに行く。

 ユベントスが最終ラインを自陣半ばよりも高い位置まで押し上げて敵のビルドアップにプレスをかけて行くのは珍しい。そしてそもそもそのプレッシング自体、効果的に機能しているのを見た記憶は、少なくとも筆者にはあまりない。案の定というか何というか、開始6分、何度目かのハイプレスを試みたところで、この試合で最も大きなピンチを招いてしまった。

 サンプのバックパスをトリガーに[4-4-2]のブロックを押し上げ、前線の2人(ブラホビッチとマッケニー)が敵最終ラインにプレッシャーをかけて行く形だったのだが、2、3本パスを回されただけで、ボールホルダーへのプレッシャーが甘くなり、右CBフェラーリから余裕を持って左サイドへの展開を許してしまう。

 そこでも受け手に対するプレッシャーが甘く、左ウイングのジュリチッチが難なくドリブルで2ライン間に持ち込み、ゴール前にダイアゴナルパスを送り込む。最終ラインはアタッカー2人に対して3対2の数的優位を保っていたが、ニアサイドに走り込むCFカプートにCB2枚が引っ張られ、ファーサイドでは中央に走り込んだ右ウイングのレリスに対して有利な位置に立っていたはずのA.サンドロが、一瞬気を抜いた隙に出し抜かれてフリーでシュートを打たせてしまった。

 ゴール正面でGKと1対1、xG(ゴール期待値)0.6というこの試合最大のビッグチャンスはしかし、鋭く飛び出したGKペリンをかすめて軌道が変わったシュートがクロスバーに嫌われるという、ユベントスにとっては幸運、サンプにとっては不運な結末に終わる。しかしこの決定機を境に、ユベントスはハイプレスはもちろんミドルプレスすらも放棄し、プレス開始点をハーフウェイラインの手前まで下げたローブロックの撤退守備に徹することになったのだった。

 プレッシングの放棄は1つの戦術的選択であり、それ自体がいいとか悪いとか言うべき話ではない。しかし事実として指摘できるのは、ユベントスはセリエAの中でも敵に最もたやすくボール保持を許すチームの1つであるということ。……

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ドゥシャン・ブラホビッチマッシミリアーノ・アッレグリユベントス戦術

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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