【開幕戦レビュー】カルルのスーパープレーが意味する新生ミランの覚悟と危うさ
昨シーズン、11年ぶりのスクデットを獲得したミラン。ウディネーゼとの開幕戦は4-2の勝利に終わったが、その道のりは平坦ではなかった。イタリア在住の片野道郎氏に「欧州の舞台」を見据える新生ミランの挑戦的な戦い方の可能性と危うさを解説してもらおう。
この試合におけるミランのパフォーマンスは、4-2というスコアに端的に表れている。すなわち、ウディネーゼというフィジカルな堅守速攻型のチームからでも4点を奪える攻撃力、そして不用意な形で2点を許したまだ完璧とは言えない守備。とはいえこの開幕戦の戦いぶりを総合的に見れば、昨シーズン終盤に確立された土台の上にさらなるプラスアルファが詰み上がることを期待させる、十分にポジティブな内容だったと言うことができる。
ミランを襲った開始15分間の「心理的な隙」
試合展開として最も波乱に富んでいたのは、キックオフからの15分間。この試合を構成する要素の大部分がその中に凝縮されていたと言っても過言ではないかもしれない。
実際、試合が動き出すのはきわめて早かった。開始直後、縦の放り込みからセカンドボールを争うというごちゃごちゃした展開の応酬から、最初にボールを落ち着かせたウディネーゼが一気にチャンスを作り出す。
両チームとも陣形が整わないままボールサイドに密集ができるという典型的なトランジションの状況から、マケンゴが縦ではなく横方向に運ぶドリブルでスペースにボールを持ち出し、密集とは逆サイドの右ウイングバック(WB)ソッピーに展開。そこに好機を読み取った右CBのベカオが自陣からの長駆オーバーラップでミランの左SBテオ・エルナンデスに対して2対1の数的優位を作り出し、一気に右サイド深くに侵入する。
このベカオの攻め上がりをケアすべき左WBレオンは、しかし緩慢な動きで追跡を放棄、結果的に数的劣位が放置されてしまう。ここにウディネーゼでは最もクオリティが高いデウロフェウ、ペレイラが絡んで来たことでミランの守備は困難に陥り、ソッピーにクロスを許してしまった。
攻撃側のウディネーゼからすれば、ボールサイドに敵守備陣を引きつけた上で、空いたファーサイドにクロスを送り込むというのは狙い通りの展開。ボールサイドのWBからのクロスに逆サイドのWBが大外から走り込んで合わせるというのは、[3-5-2]で戦うチームの王道パターンの1つだ。
実際この場面でも、大外で浮いていた左WBマシーナがタイミング良く走り込む。しかしこの動きに対しては、ミランの右WGメシアスがレオンとは対照的な注意力と献身性でしっかりマークし、前を取ってヘディングでクリア、何とかCKに逃げて難を逃れた。
その直後にTVカメラがクローズアップしたのは、この最初の1分間の展開を見守っていたピオーリ監督の不安げな、というよりもこれはまずいという内心の動揺を反映したような、何とも言えない表情だった。
果たしてその直後、CKキッカーのデウロフェウがニアポスト手前を狙って鋭く蹴り込んだ絶妙なボールに、これまた絶妙のタイミングで走り込んだベカオが、ゾーンディフェンスの要衝と言うべきニアサイドに立っていたレオンとレビッチ(いずれも反応が緩慢)の前で合わせてゴールネットを揺らす。試合は、開始1分あまりでウディネーゼが先制するという予想外の幕開けになった。
さらに、ミランのキックオフで試合が再開した直後にも、中盤で与えたFKからの大きなサイドチェンジを、やはり大外で浮いていたマシーナにフリーで受けさせ、そのままゴール前へのクロスを許す場面が続く。一つ間違えば0-2になってもまったくおかしくない状況だった。
CKを招いた守備の乱れ、CKそのものに対する甘い守備、そしてこの不用意なピンチ。そのいずれも、ミランの「自己責任」である。開幕戦の開始直後、最も重要な「入り」の場面で、インテンシティと注意力の不足から相手に重ねて好機を許すというのは、かなり嫌な状況と言っていい。
幸運なPKで「嫌な予感」は霧散
もしこのまま0-1の状況が長引き、あるいは2点目を喫する展開になっていたら、ピッチ上、そしてほぼ満員だったサンシーロ全体がじわじわと悪い空気に蝕まれていったかもしれない。
ミランにとっての幸運は、ピオーリ監督の「嫌な予感」がそのまま的中したような、このネガティブな立ち上がりの空気が、それからほんの数分後、半ばプレゼントされたようなPKによってあっけなく解消されたことだった。
実際、VARの事後介入によって与えられたこのPKの判定は、かなり微妙なものだった。7分、右サイド深い位置でのスローインからの流れで、レビッチのシュートをGKが弾いてゴール前中央に転がったこぼれ球にカラブリアが詰め、それをブロックしようとしたソッピーと交錯したというのが発生状況。
ボールにはカラブリアが先に到達しているものの、触れたとはいえ足先がかすった程度。その直後にソッピーが出した足はボールをブロックすると同時にカラブリアの足にも交錯していた。マリネッリ主審は、これを通常のニュートラルなコンタクトプレーと見なして流したが、VARは先にボールに触ったカラブリアに対する危険なタックルと判断して介入したという経緯だった。
明らかな誤審というよりは、ビデオで確認しなければわからないほどの微妙な状況に対して、VARがあえて介入したことによって与えられたPK。判定の正誤はともかく、VARが事後介入する必要があったかという点も含めて議論の的になるボーダーライン案件だった。
このPKをテオ・エルナンデスがしっかり決めて1-1。開始から漂っていた「悪い空気」はこうして開始10分あまりで一掃され、試合はここから、ミランがボールを握って攻勢に立ち、ウディネーゼはフィジカルにモノを言わせた守備から一気に逆襲を狙うという「本来あるべき」構図に立ち戻ることになる。
主力の「左」はお休み。今日は「右」が活性化
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。