カタールW杯を控えた新シーズン、オランダを離れた中山雄太の「大きなチャレンジ」がイングランド2部リーグ、チャンピオンシップでスタートした。昨季はプレミアリーグ昇格まであと一歩に迫った新天地ハダーズフィールドと、その22-23公式戦3試合目で初先発フル出場を果たした日本人新戦力の現状をレポートする。
100年にわたるアーセナルとの縁
去る7月半ば、チャンピオンシップの今季開幕を前に中山雄太が加入したハダーズフィールド・タウン。ウェスト・ヨークシャー州にあるこのクラブ名を聞くと、今でも2008年夏の1日を思い出す。自宅のある西ロンドンからは車で片道4、5時間強の距離。日中、同じイングランド中北部にある彫刻公園でイサム・ノグチ(日系アメリカ人彫刻家)のエキシビションを見学してから、ジョン・スミスズ・スタジアム(当時の名称はガルファーム・スタジアム)にアーセナルを迎えたナイターを観戦して午前2時に帰宅という長い1日でもあったのだが、英国にしては湿気もあった当日の晴天や、4部リーグに落ちていたクラブにしてはモダンで小綺麗な“ホーム”に上がった花火も相まって、日本の夏休みに遠出したような気分になったことを覚えている。
プレシーズン中の親善試合で、しかもホームチームが負けた試合後の打ち上げ花火は、クラブ創設100周年の記念試合でもあったことが理由だった。今日のハダーズフィールドには、チェルシーの若手修行先というイメージがある。今季も20歳の攻撃的MFティーノ・アンジョリンが、昨季後半戦に続いてレンタル移籍中だ。しかし、アーセナルとの「縁」は1920年代から。強豪としての“アーセナルの父”とも言うべき名将ハーバート・チャップマンが、前例のなかったリーグ3連覇の基盤を築き上げ、北ロンドンのクラブにヘッドハントされる実績を残したクラブがハダーズフィールドだった。
共通の偉人を持つ両クラブ間には、経営規模の大小や所属リーグの上下を超えた敬意が存在する。14年前の記念試合に際してアーセナルから寄贈されたチャップマン胸像の複製は、今でもジョン・スミスズ・スタジアムに置かれている。アウェイサポーター用のスタンドは、若手主体のメンバーによる平日夜の親善試合にもかかわらずほぼ満席だった。ハダーズフィールドのサポーターたちは、まさかの先制という展開に「アーセナルに勝ってるぞ!」と得意げに歌っていたが、その10年後、チャップマンと並んでアーセナル史に名を残したアーセン・ベンゲルの監督最終戦となったホームでのリーグ対決では、敵将への拍手喝采を惜しまなかった。
ベンゲル後のアーセナルでは、まずはプレミアリーグのトップ4常連復帰を現実目標に、3年目のミケル・アルテタ体制下で再建作業が進められている。一方、前回降格から4シーズン目を迎えているハダーズフィールドでは、2部での過渡期が続く。2年前からフットボールディレクター的な立場にあるリー・ブロンビーは「攻撃的スタイルがクラブのDNA」と語るが、アイデンティティの確立を目指す上での要職自体が過去4年間で3度の交代人事を見ている状態。今季から現場で指揮を執るダニー・スコフィールドは、2019年1月のデイビッド・ワグナー解任から4人目の新監督となっている。前体制下での昨季はプレミア昇格にあと90分(昇格プレーオフ決勝で敗北)というところまで迫ったが、実際にはうれしい大誤算に他ならない。降格候補と目されて臨んでいたシーズンだったのだから。
開幕2連敗も、レジェンド監督の下で辛抱強く
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。