7月29日に刊行した『アドレナリン ズラタン・イブラヒモビッチ自伝 40歳の俺が語る、もう一つの物語』は、ベストセラー『I AM ZLATAN』から10年の時を経て世に出されたイブラヒモビッチ2冊目の自伝だ。 イブラ節全開の本書の中から訳者である沖山ナオミさんが厳選エピソードをピックアップ。
第2回は、世界有数の代理人だったミーノ・ライオラとの特別な関係について。「友人であり、兄貴であり、父親でもある」。今は亡き盟友にイブラはどんな想いを抱いていたのか?
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“俺の行動が原因で、世界中を巻き込む大騒動が起こってしまった。ミーノに殺されそうだったぜ”(『アドレナリン』P168より)
ズラタン・イブラヒモビッチの代理人ミーノ・ライオラ。悪徳代理人、金の亡者、ペテン師などと呼ばれ悪名高かった彼は、敵も多かったがその実力は飛び抜けていた。クライアントからは圧倒的な信頼を得て、彼の顧客名簿にはイブラ以外にもドンナルンマ、ベラッティ、ポグバ、ホーランドをはじめとする大物選手がずらっと並んでいた。イブラヒモビッチはネドベド、マクスウェルに続く彼の初期からの顧客で、2人は切っても切れない関係にあったのだ。
それにしても、ミーノ・ライオラの説明を過去形でしないといけないところが辛く悲しい。今年4月30日、彼は呼吸器系の病気でこの世を去ったのだ。あまりに突然のことだった。『アドレナリン』の原書がイタリアで刊行された頃、イブラは近い将来ミーノと別れる日がくるとは想像もしていなかっただろう。
筆者が彼の死を知った時は翻訳作業真っただ中だったが、以後、ミーノが登場するシーンを読み返すたびに目頭を押さえていた。そのページ時点のイブラはまだ未来に起こる悲劇を何も知らなかったのだから、何ともせつない気持ちに襲われたのだ。
「ミーノは俺の人生にとってかけがえのない存在だ」
本書のプロローグにいきなり、「あいつ(ミーノ)と妻のヘレナは、今もそしてこれからもずっと、俺の人生にとってかけがえのない存在だ」という一文がある。さらに、「ミーノと俺は代理人と選手以上の関係だな。友人であり、兄貴であり、父親でもある。俺のキャリアや数々の勝利はあいつがもたらしてくれた。苦境から救い出し、困難を解決してくれた。負傷中は普段よりさらに身近にいてくれたよ」と続く。そんなミーノがいなくなってしまった。イブラは大丈夫なのだろうか……。
リハビリ中にイブラが低血糖で気を失った時、ミーノはスプーンでジャムを食べさせてくれたそうだ。まるで子供に与えるように。交渉の場面ではクライアントの盾となって悪党ぶりを発揮する彼だが、身近な人間に対してはこんな面倒見の良さを見せる一面もあったのだ。もちろん、ミーノにとってクライアントは金づるでもあるわけだから、健康回復には全力を注ぐだろう。だが、イブラは真の人間性を見抜く男だ。ミーノには家族同様の思いがあり、絶対の信頼を寄せていた。
出会いはホテル・オークラの日本食店
まず、前作の自伝『I AM ZLATAN』からイブラとミーノの出会いの場面をご紹介しよう。イブラは知り合いのジャーナリストに「マフィアっぽい男」と評判の代理人ミーノ・ライオラを勧められた。そして、2人はアムステルダムのホテル・オークラの日本料理店で会うことになる。その日イブラは足元を見られてはいけないと目一杯背伸びをして、グッチの革のジャケットと高級腕時計を身につけ、ポルシェを運転してオークラにやってきた。
マフィアのような代理人というからには金ピカに着飾った男に違いないとイブラは想像していたのだが、目の前に登場したのはジーンズにナイキのTシャツを着たチビでデブのミーノだった。
「なんだよ、この妖怪みたいな男が例の代理人かよ……?」……
Profile
沖山 ナオミ
横浜生まれ。慶應義塾大学文学部卒。翻訳者。ライター。リサーチャー。当初、IT、通信関連の雑誌記事、ウェブサイト等の英日翻訳を行っていたが、イタリア在住時ASローマの魅力に取り憑かれ、帰国後はサッカー関連の仕事にシフトした。サッカーテレビ番組および実況中継のリサーチャー、雑誌記事の翻訳等を行いながら、サッカー書籍の翻訳を始めた。主な訳書に、『キャプテン魂 トッティ自伝』(2020年)、『我思う、ゆえに我蹴る アンドレア・ピルロ自伝』(2014年)、『I AM ZLATAN ズラタン・イブラヒモビッチ自伝』(2012年)、『サッカーが消える日』(2011年)などがある(いずれも東邦出版)。