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“マクロな配置論”と“ミクロな原則”の相互作用。対策の対策の果てにたどり着いたペップ・シティの最新版ポジショナルプレー

2022.07.27

ポジショナルプレーの最先端と言えるのが、5レーンを基準にシンプルに上下動するのではなく、各選手が大胆なポジションチェンジを繰り返す[ローテーション型]だ。その代表格がペップ・シティ。5バック、6バックといった「シティ対策」を打ち破るために進化したスタイルは、フォーメーションやポジションという従来の枠組みを完全に超越している。その仕組みをY.S.C.C. 横浜セカンドチーム監督を務める山口遼氏に解説してもらおう。

※『フットボリスタ第90』より掲載

 現在ペップ・グアルディオラが率いるマンチェスター・シティの分析は、ポジショナルプレーを語る上で決して外せない。とはいえ、シティの戦術分析にしろ、ポジショナルプレーの分析にしろ、これまでに多くの先人たちが試みていることであり、手垢がついている印象も否めない。そこで今回は、シティの分析を通じてポジショナルプレーに対する考察の総決算的な位置づけのものにしたいと考えている。キーワードは「“机上の盤面論”ではない」「“三角形”ではない」「“ポケット”ではない」である。

ゲーム構造から見るポジショナルプレーとは?

 実は「ポジショナルプレーとは何なのか」について明確な定義づけがなされているとは言いがたい。そこで拙著『シン・フォーメーション論』でも触れたビトゲンシュタインによる「“家族的類似”による定義」、すなわち「ポジショナルプレーに共通しそうな要素は何か?」を考えることによって、曖昧になっている「ポジショナルプレー」を大枠から定義する方法を試みてみよう。

 ポジショナルプレーにはまず、「ポジション」「ポジショニング」「位置的優位」といった位置/配置に関する説明が必ずついて回る。ポジショナルプレーはもともとチェスで用いられた言葉だが、これらのゲームに共通する特徴として「駒(選手)が数的同数」「駒(選手)はそれぞれ異なるキャラクターを持つ」といったことが挙げられる。極端に考えてみれば、駒や選手がすべてポーンであったり、数が700対11など大きな差があったりすれば、さほど「誰をどこに配置するか」は問題にならない。この点からもポジショナルプレーとは「数的均衡かつ個性が異なる駒によるゲームでは位置/配置が重要になる」という概念が含まれていると考えて良さそうだ。

 また、チェスにおけるポジショナルプレーは「ジリジリ」とした「クローズドな展開」が特徴とされるが、これについてもサッカーで用いられるポジショナルプレーのイメージに合致する。チェスではとにかく「不利にならないこと」、すなわち「駒の得点」を優先するあまり「配置的なミス」を犯さないようにするのが大きな目的の1つだ。サッカーのポジショナルプレーにおいてもオープンで性急な展開ではミスが起きやすいので、秩序立った状態を好むという傾向は共通している。この「クローズドな展開」のイメージは、ペップのチームだけでなく、「守備におけるポジショナルプレー」がクローズアップされることが多いロティーナ監督などについても当てはまり、おおむね共通するものと言えそうだ。

 このように考えると、「ラングニック派閥(レッドブルグループ)」とでも呼ぶべき、ピッチの横幅を極端に狭くして展開するインテンシティの高いハイテンポなサッカーに対する疑問が浮かぶ。彼らもまた、「ボール周りの密度を高くする」という意味では配置的優位性を活用して戦っているわけだが、彼らの戦い方はポジショナルプレーとは呼ばれない。確かにクローズドな戦い方は志向していないが、配置を意識してプレーすることだけではポジショナルプレーではないということなのだろうか?

 これに関しては、おそらくサッカーとチェスの競技性の違いが大きそうだ。チェスは攻撃権が自分と相手に交互に訪れるため、ほとんどの駒を片側に集めるような戦い方では簡単に相手の駒からのチェックメイトを許してしまう。文字通り「攻防一体」の配置が求められるのであり、そのために「中央の支配」が重要になってくる。一方サッカーでは、攻撃権はボールを持った側のみに与えられ、攻撃手段はたった1つのサッカーボールに限られるので、ピッチのほとんどのエリアを捨てるという大胆な戦略が機能する可能性を秘めているというわけだ。

 このことから、サッカーではチェスとは異なる方法で配置的優位を生かした戦略を取ることができるものの、やはりチェス本来の文脈を引き継ぐような形でポジショナルプレーがボトムアップ的に定義されていることがわかる。よって本稿では、ポジショナルプレーとは「配置的優位性を生かしながらクローズドな展開でジリジリと優位性を生み出す」戦略と定義づけたい。

重要なのは表面的な配置論ではなく意思決定基準であるプレー原則

 そこでこの定義に従いながらマンチェスター・シティの戦略、すなわち意思決定基準としての「プレー原則」を分析してみると、基本に至って忠実なチーム作りをしていることがわかる。ペップの基本的なゲームモデルやプレー原則は、本誌12月発売号に寄稿した2010-11シーズンのバルセロナ時代から大きく変化していない。以下、その文章から引用する形で簡単に確認しておこう。なお、これは筆者が試合中の現象から読み取った分析であることはあらかじめ断っておく。

「ボールを失わないために、スピードを上げずにゆっくりと前進すること」(主原則)

 まず、ビルドアップの主原則、すなわち局面における最も大きな目的意識には、明らかに「ゆっくりとチーム全体で」前進する姿勢が含まれている。これはペップの「早く送り込んだボールは早く戻ってくる」という発言や、コーチとして入閣したファンマ・リージョ(編注:2021-22限りで退団)の「同じ電車ではなく同じ車両でプレーする」という発言からも垣間見える。目先の前進やチャンスクリエイトにとらわれず、チーム全体の配置バランスを整えながら前進することで、ボール保持が守備の準備としての役割も果たしている。これはまさに“攻防一体”であるチェス由来のポジショナルプレーの概念そのものである。

「相手の守備ラインを越える」あるいは「下げさせる」(準原則)

 相手の守備ラインを越えてゴールに迫ることはサッカーのゲーム構造上重要だが、それだけでは性急な攻撃になりかねない。そのために意識されているのが、前のパスコースやドリブルの選択肢を相手に突きつけることで相手の守備ラインを「下げさせる」ことだ。そのため、リスクが高い時以外は不要なバックパスや後ろ向きのボディシェイプは極力用いないように指導されている様子がうかがえる。後ろ向きのプレーを安易に選ぶことは相手の前向きのプレスを誘発し、ゲームスピードが上がる上にプレーエリアも後退してしまうからだ。そのためシティの選手たちはできるだけフリーになり、前を向き、相手の守備ラインを下げさせてからゆっくりとチーム全体の配置とともにボールを前進させていく。これは、新加入の選手たちの「ボールを受けた後の体の向き」が徐々に変化していくことからもほぼ間違いないと見ていいだろう。

可能なら2タッチ以上でプレーする(ビルドアップ時、準々原則)

 より具体的なプレーの意思決定基準である準々原則レベルにも、オープンな試合展開にしないための意識づけは見て取れる。ペップのチームでは日本人がイメージするよりもはるかに一人ひとりのタッチ数は多い。ビルドアップの局面において、必要な場面を除けば意外と1タッチでのプレーは選択されない傾向にあるのだ。1タッチと2タッチではプレーの技術的負荷は言うまでもなく1タッチの方が上である。「1タッチで素早くプレーする」と言えば一見聞こえはいいが、それでミスが起きて試合がオープンになったり、前進の局面でミスが出たりしては本末転倒である。もちろん、必要な場面で素早くプレーする準備をしておくことは近年のハイインテンシティのサッカーにおいて非常に重要だが、ゆっくりできる状況では焦らず正確にプレーする意識を持つことはポジショナルプレーにおいて必要な心構えだ。

 ここまでの議論で注意したいのは「ポジショナルプレー」という名称にもかかわらず、[2-3-5]や[3-2-5]、偽SBや偽9番などの表面的な配置論だけでは議論が完結しない点である。ポジショナルプレーの基本として配置よりも先にプレー原則に言及したのは、配置と実際のプレーを結びつける上では意思決定の基準である「プレー原則」が極めて重要になるからだ。

 拙著『シン・フォーメーション論』でも、現代サッカーの配置論を語る上で“数字の羅列”だけでは不十分で、動的な配置構造まで考慮に入れなければならないと述べたが、それが実際のプレーと結びついた概念となるポジショナルプレーについての議論ではなおさら重要になる。サッカーでは刻一刻とボールを取り巻く環境が変化し、選手たちはその環境との相互作用から数多くの意思決定を行っていく。そのため、“盤面上の配置論”だけでは明らかに不十分で、サッカーの面白さの半分をゴミ箱に捨ててしまうようなものだ。ポジショナルプレー(あるいはサッカーのすべて)の議論は、選手の瞬間瞬間の判断、細かなポジショニングや周りの選手との関係性の作り方、ボールの持ち方といったより“ミクロな領域”にまで介入する、生き生きしたものであるべきだ。

ポジションチェンジの目的は主に2つに分類できる

 では逆に、ポジショナルプレーにおける“配置論”はどのような位置づけがなされるのだろうか。……

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ジョセップ・グアルディオラポジショナルプレーマンチェスター・シティ

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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