ホーランド加入で「偽9番」廃止?シティの至宝、フォデンの未来を考察する
マンチェスター・シティに長らく不在だった純粋なストライカーが、ついに今夏加入した。複数のビッグクラブからのオファーが噂されたアーリング・ホーランドとの交渉で合意に至ったのだ。ペップ・グアルディオラの就任以来、シティは一貫して[4-1-4-1]([4-3-3])を基本配置としてきたが、アグエロの退団以降は純正の9番を置かない「偽9番」を基本としてきた。実際、それまで純粋な9番として起用されてきたジェズスが昨シーズンにはウイングに配置されることが多くなったが、これは偽9番をメイン戦略としていたことを物語っている。ベルナルド・シルバやグリーリッシュ、デ・ブルイネなど様々な選手が偽9番として起用される中でも、最もペップの信頼を勝ち得ていたのがフィル・フォデンだ。果たして新シーズン、22歳の天才はどこで起用されるのか、山口遼氏が考察する。
「ホーランド」と「偽9番」の両立は簡単ではない
マンチェスター・シティのアカデミーにおける最高傑作として、数年来期待を集めていたフォデンだが、年齢とともにフィジカルが成長したことで、ここ2年で一気にチームの中心となった。
左のウイングや中盤としても起用可能なフォデンだが、特に昨シーズン(21-22シーズン)は偽9番の採用も大きな追い風になったと言える。偽9番として中盤にも顔を出しながら、様々な位置からゴールを陥れる術を身につけたフォデンは、公式戦45試合で14ゴール11アシストを記録。年を追うごとに得点に絡む頻度は増えていて、新シーズンではさらなる飛躍も当然期待されるところだ。
しかし、ホーランドの加入によって、シティがここ数年築き上げてきた生態系はその在り方を大きく変えることになるだろう。偽9番と純粋な9番を置く戦略では、それぞれを中心にゴールを陥れようとする際の相互作用の在り方がまったく異なるからだ。
偽9番採用時には、ゴール前に“誰が”いるかは重要ではないが、ボールだけがゴール前に送られてもそこに誰もいないのであれば得点には結びつかないため、危険なスペースにボールだけでなく選手を送り込むこともチームとしての重要なミッションとなる。そのため、偽9番の選手はサイドや中盤にポジションを移しながらゴールの1つ手前の崩しに関わりながら相手の認知負荷を高めることがタスクの1つになる。この時、ボールを危険なスペースに送り込むと同時に、ウイングやインサイドハーフ、あるいは偽9番自身がポジションチェンジをしながら危険なスペースに“侵入する”ことが求められる。
一方で、ホーランドのような純粋な9番が初めから危険なスペースで“待っている”場合、周囲に求められるタスクは当然異なってくる。
そこに9番が定常的にいるのだから、チームとしての最重要ミッションはとにかく9番の待つゴール前のスペースに“ボールを送り込む”ことになる。そうなると、周囲のポジションの選手の役割はよりチャンスメイク主体になり、危険なスペースへと侵入する動きは9番のタイプやチームのスタイルにもよるものの、偽9番採用時よりは限定的になる必要がある。9番が待つスペースに他の選手も次々と突撃してしまえば、互いにプレーするスペースを食い合うことになり、不協和音が生じることがある。昨シーズンのレバンドフスキがナーゲルスマンの「狭い攻撃」を中心とした戦略に苦言を呈したのは、まさにこのような居心地の悪さを吐露してのものだろう。
このような背景から、今シーズンのシティでは偽9番という戦略の使用頻度自体の減少に加え、インサイドハーフやウイングの役割にも変化が見られることが予想される。同時に気になるのは、昨シーズンにはポジションもタスクも良い意味で“曖昧”なことで輝きを放ったフォデンの起用方法がどのように変化するのかだろう。本記事では、フォデンという選手の特徴をあらためて振り返りつつ、マンチェスター・シティの(現時点での)スカッドやペップの起用傾向などから、フォデンに待ち受ける未来について少しだけ想像してみたいと思う。
ペドリとの違い。似通った才能と似て非なる環境要因
おそらくフォデンとよく似た才能を持ちながら、異なる環境で育ったことで異なる成長を遂げた選手がいる。フォデンやホーランドとともに世界最高の若手の1人として期待され、弱冠19歳ながらバルセロナやスペイン代表の中心選手としての地位を確立しつつあるペドリだ。
髪型や背格好(体重はフォデンの方が10kgも重い)も比較的似ている2人だが、プレー面での最大の共通点はそのしなやかな身のこなしにある。
彼らはいずれも非常にアジリティが高いのだが、特筆すべきは“頑張って動いている感”が驚くほどにないことだ。重心移動の巧みさ、体幹の筋の連動性が非常に高いため、他の選手なら踏ん張って切り返すような場面でもスイスイとドリブルですり抜けることができるのだ。これによって、ビルドアップや崩しの場面でボールを失わないだけでなく、ボディバランスがほとんど崩れない“良い状態”でプレーすることが可能になるため、彼らの視野は極めて広く、さらにドリブルや球際の駆け引きの後でもキックの精度が落ちにくい傾向にある。
よく似た特徴を持つ彼らだが、プレースタイルやプレーエリアには相違点も大きい。これはまさに、イングランドとスペインという彼らの生まれ育った環境/文化の違いが反映されているように思える。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd