近年、世界各国でリーグのプロ化や盛り上がりぶりが伝わってくる女子サッカー。中でも2022年3月、CLで実現したクラシコに9万人を超える観客が詰めかけ世界記録を更新したというニュースには大きなインパクトがあった。長らくマチスモ(男性優位主義)が幅を利かせてきたスペインで、女子サッカーが盛り上がりを見せる理由とは? その盛り上がりは本物なのか? 一般社会全体におけるマチスモ的価値観に変化はあるのか? 7月6日に女子EURO開幕を控える今、その実態についてスペイン在住の木村浩嗣さんにレポートしてもらう。
物事には裏と表がある。
サンドウィッチの法則にのっとって紹介しよう。「良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」というやつだ。
ハリウッド映画では必ず「良い方から」となるので、ここでもそうすることにする。
2つの「歴史的合意」
スペインで女子サッカーは盛り上がっている。
その証拠に、観客動員の世界記録を更新した。
2022年3月30日、CLで初のクラシコ、バルセロナ対レアル・マドリーを見るためにカンプノウには集まったのは、なんと9万1533人。それまでの女子サッカーの世界記録9万195人(1999年W杯決勝アメリカ対中国)の他、クラブ間の世界記録6万739人(2019年、スペインリーグ1部アトレティコ・マドリー対バルセロナ)も破った。さらに言えば、8万6000人だった男子のクラシコを抜いて2021-22のカンプノウ最多記録でもあった。
さらに、その3週間後の4月22日、CL準決勝ボルフスブルグ戦に今度は9万1648人が押し寄せ、世界記録を更新した。
その人気の中心にいる、現在世界最高の選手はスペイン人である。
アレシア・プテジャ、バルセロナ所属の左インサイドMFで、あだ名は「女王」。2020-21は42試合で26ゴールを記録、昨年のバロンドール受賞者であり、ザ・ベスト・FIFAフットボールアウォーズの覇者である。当然代表にもキャプテンとして招集済なので、EURO2022でもその勇姿を見られることだろう。彼女ともう一世代前のベロ・ボケテ(現UEFA女子サッカーアンバサダー)はサッカー少女の憧れの的であり、オピニオンリーダーでもあってこの国の女子サッカーの普及と人気上昇に大いに貢献している。
この女子サッカー隆盛の背景には、急速に進む組織化がある。
国内リーグ(リーガ・イベルドローラ)は2021-22からプロ化された。今年2月には、「歴史的合意」と呼ばれる労働協約が各クラブと選手代表の間で結ばれている。交渉開始から14カ月を要し途中でストも経験する難産だったが、最低賃金、夏休みの日数、クラブ行事は労働時間に換算、契約最終年に妊娠した場合は1年自動更新などの労働条件が、リーグ共通の契約ルールとして定められたのだった。
これまで口約束で不履行も横行する業界だったのだが、職業としてプレーする条件が整った。協約締結の瞬間、リーガ・イベルドローラがプロリーグとなり所属選手はプロとなったのだ。
数カ月後、もう1つの「歴史的合意」が成された。
6月14日、スペインサッカー連盟(RFEF)は男子代表選手と女子代表選手の報酬などの条件を統一することを発表した。これにより選手たちに支払われる報酬額のパーセンテージが男女共通となった他、練習グラウンドの設備具合や移動の手段における男女の区別がなくなった。逆に言えば代表レベルでも女子は劣悪な境遇に置かれていたわけだが、前進あることは間違いない。
さて、以上が良いニュース。で、ここからは悪いニュースの方だ。覚悟して聞いてほしい。
プロ化してなお“ビジネス”としての差は歴然
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Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。