運でも奇跡でもない。そこにあったのは紛れもなくレアル・マドリーであった――ここまでの歩みとCL決勝を分析する
2021-22CL決勝レビュー:レアル・マドリー視点
5月28日、2021-22シーズンの欧州クラブサッカーシーンのクライマックスとなったCL決勝は、レアル・マドリーがリバプールを1-0で下し14度目の欧州制覇を遂げた。 世界中の視線が注がれた一戦を、レアル・マドリー、リバプールそれぞれの視点で振り返るレアル・マドリー編。
2021-22シーズンのCLは、決勝でレアル・マドリーが1-0というスコアでリバプールを破り、最多となる14回目の優勝を果たした。この記事ではレアル・マドリーの視点で、今シーズン幾度となく絶望の淵に立たされながらも脅威の粘り強さと決定力で大逆転を繰り返し、決勝の舞台へとたどり着いたレアル・マドリーのここまでの歩みを振り返り、そして激闘となった決勝を分析する。
決勝までの歩み
今シーズンのレアル・マドリーはいわゆる”我慢のシーズン”と言われていた。ジネディーヌ・ジダンが退任し、キャプテンであったセルヒオ・ラモス、また同じく主力CBのラファエル・バランがチームを去った。エデン・アザールが期待に応えられない前線はカリム・ベンゼマ以外のタレント不足が騒がれ、それでも獲得した新戦力はCBダビド・アラバと、即戦力とは目されていなかった中盤のエドゥアルド・カマビンガのみ。2回目の就任となったカルロ・アンチェロッティには若手の成長を促しCL3連覇を経験したベテランに依存し切ったチームからの脱却、世代交代を推し進めつつ、限られたリソースの中で国内、欧州の舞台で結果を残すという非常に難易度の高いミッションが与えられ、実際過渡期を迎えていたチームへの期待は、開幕時点ではそこまで大きくなかったように思う。
クリスティアーノ・ロナウドの退団後、得点力不足に悩まされ続けてきたレアル・マドリーであったが、アンチェロッティはジダンが築いた守備をベースに、攻撃の改善に着手した。トニ・クロースがケガで開幕から出遅れると、チーム一のダイナミズムを誇るフェデリコ・バルベルデを中盤の中心に据えるハイインテンシティのサッカーを志向。得点力は目に見えて向上し、CLグループステージ開幕節ではイタリア王者インテルを下すなど一定の成果を見せるも、徐々にそのハイプレスの練度の低さが露呈すると、グループステージ第2節のシェリフ戦でシーズン初黒星を喫し、ラ・リーガ第8節エスパニョール戦でも敗れ連敗。クロースの復帰に伴いローテンポ、ローブロックのロングカウンターを主体とした戦い方への回帰を余儀なくされた。
しかしその復帰したクロースとルカ・モドリッチが好調を保ち、そしてベンゼマと何よりビニシウス・ジュニオールが覚醒したことで、バルセロナとのエル・クラシコを制し、インテルとの再戦、セビージャ、アトレティコ・マドリーなど強豪を次々と倒して公式戦10連勝を達成。国内首位の座をつかむと、満を持してCL決勝ラウンドベスト16のパリ・サンジェルマン戦第1レグに臨んだ。
ところが、レアル・マドリーがそれまでに積み上げてきたものはこの試合で打ち砕かれる。マルコ・ベラッティとリオネル・メッシを中心としたポゼッションを前にボールに触ることすらできず、キリアン・ムバッペにゴール前を何度も切り裂かれ、またボールを持っても鋭いハイプレスやゲーゲンプレスで得意のプレス回避を完全に封じ込められてしまう。GKティボ・クルトワのメッシのPKストップを含む再三のビッグセーブに助けられ、何とか0-1という最少失点差で折り返すのがやっとだった。
転機、そして伝説の始まりとなったのは第2レグだ。ローブロック一辺倒の戦い方が通用しなかったレアル・マドリーは、ここにきて凍結させていたハイプレスを復活させる。さらに、後半にピッチへと投入された2人の若手、カマビンガとロドリゴ・ゴエスが大きく試合の流れを変えると、残り30分という時間からベンゼマがハットトリックを成し遂げ2試合合計スコア3-2、劇的な大逆転勝利を果たした。この夜は“魔法の夜”と呼ばれた。
しかし、その勢いのままハイプレスをベースに臨んだ今シーズン3度目のエル・クラシコでは、シャビの下で復活を遂げたバルセロナに0-4の大敗。こうした成功体験と敗北の悔しさを糧に、レアル・マドリーは徐々にこのチームでの“勝ち方”を固めていった。
どの選手も重要なタスクを担っていたことは間違いない。ただ、チームの進化を象徴していた選手を1人挙げるとすれば、それはフェデリコ・バルベルデだろう。
まず1つ目は、守備からゲームをコントロールするということだ。
彼を右ウィング(WG)として起用し、試合ごとに、あるいは試合中に守備のやり方を変化させた。バルベルデはローブロックで右SBダニエル・カルバハルの右隣に下がり、疑似的な5バックを形成してスペースを埋めるだけでなく、時に中盤ラインに加わりカセミロ、モドリッチらと適切な距離感を保ちながら強度の高いファーストDFとして機能。相手の侵入を防ぎ、さらにはその爆発的な走力を活かしてベンゼマとともにハイプレスのスイッチを入れるタスクまで担った。ハイプレスだけ、ローブロックだけにならず、時間帯や展開ごとにラインの高さをコントロールする中で、彼の戦術理解度の高さと走力は必要不可欠であった。
2つ目は、効果的なロングボールの利用だ。
準々決勝で対戦したチェルシー、準決勝で対戦したマンチェスター・シティはどちらもパリ・サンジェルマン同様非常に質の高いハイプレスを繰り出してきた。モドリッチとクロースという世界最高クラスのプレス耐性を持つ2選手を擁するレアル・マドリーは、彼らがカセミロとポジションを入れ替えて最終ライン付近で落ち着いてボールを動かしながら相手を前へと釣り出すと、下では前進できないと判断すれば割り切って前方にロングボールを飛ばした。そこでターゲットとなったのがバルベルデだ。右大外レーンからハーフレーンを動き回り、落下点での競り合いだけでなくセカンドボールの回収にも貢献。ハイプレスに対する前進への1つの解決策をチームに提示した。
最後の3つ目は、終盤における試合の“破壊”だ。
チェルシー戦第2レグでチームの再逆転での勝利(2試合合計5-4)を支えたのは、交代直後に同点ゴールを挙げたロドリゴであり、決勝ゴールの起点となるボール奪取を見せたカマビンガであった。マンチェスター・シティ戦第2レグの信じられないような逆転(2試合合計6-5)も、ロドリゴが英雄となったのは周知の事実だが、その左足を振り抜き、また独力での持ち運びで違いを生んだのはカマビンガであった。
ベテランの多いスカッドで、90分を通してのインテンシティ勝負ではプレミア勢に歯が立たない。モドリッチ、クロース、カセミロを中心にクローズドな試合展開に持ち込み、打撃を受けながらも致命傷をギリギリのところで避け、のらりくらりとやり過ごす。そして互いに疲弊してくる70分、アンチェロッティは180度やり方を反転させるために、ベンチの2人へ声をかけるのだ。バルベルデを中盤に移動させ、カマビンガ、ロドリゴの投入とともに試合を一気にオープンな展開に持ち込む。中盤を間伸びさせ、彼らのダイナミズムでそのスペースを制圧しようと試みる。さらにダニ・セバージョスやルーカス・バスケスなど、走れる選手を次々と送り込み追い討ちをかける――。
ついには、若手とベテランが見事に融合して全方位に対応可能な、決して最後まで闘うことを辞めないチームが出来上がっていた。
クルトワが止める。いつも通りだったレアル・マドリー
ここまでの歩みを踏まえて誤解を恐れずに言えば、CL決勝でのレアル・マドリーは極めて普通の、いつも通りの試合をした。勝つために各々がリスクを引き受け、とるべき行動をとり続けた。決勝のための奇策でも運でも奇跡でも何でもなく、そこにあったのは、紛れもなく今シーズン見てきたレアル・マドリーというチームの最終形態だった。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki