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カリム・ベンゼマは偽9番にして9番でもある――“現代に求められるCF像”の最高峰、その凄みを言語化する

2022.05.25

今から10年前に戻り「彼は2022年に、世界最高のCFになる」と言ったら、果たして信じる人はいるだろうか。そう、カリム・ベンゼマのことだ。2021-22シーズン、自己最高を記録した数字だけでもその卓越さは明らかだが、具体的に彼の何がどう優れているのか。年々プレースピードが高速化しインテンシティが高まる現代サッカーにおいて、34歳にして進化を続ける「最高のベンゼマ」の凄みを、東大ア式蹴球部分析官のきのけい氏に分析し言語化してもらった。

 2018年夏、レアル・マドリーの絶対的エースであり世界最高の選手の1人であったクリスティアーノ・ロナウドが、CL3連覇という栄光をもたらし退団。彼の抜けた穴は大きく、クラブはその後2シーズン連続でCLベスト16敗退という苦い結果に終わった。しかし昨シーズンはベスト4まで勝ち進むと、今シーズンはついに4シーズンぶりに決勝の舞台へと帰ってきた。その中心にいたのは、カリム・ベンゼマだ。ギャレス・ベイル、エデン・アザールなどロナウドの後を継ぐエース候補はいたものの、ポスト・ロナウド期に支柱として圧倒的な結果を残し力強くチームを牽引してきたのは、紛れもなくロナウドの“黒子”に徹し続けてきたこのフランス人プレーヤーであった。

 彼は毎シーズンのように全盛期を更新している。CL決勝1試合のみを残す今シーズンは公式戦45試合44ゴール15アシストを記録しており、ラ・リーガでは2位を大きく引き離し得点王に輝いた。CLのゴール数は15で、こちらも得点王が決定的。1シーズン中にこれを上回る数字を記録したことがあるのはロナウド(2013-14シーズン:17ゴール、2015-16シーズン:16ゴール)だけであり、またそのうち10ゴールは決勝ラウンドでパリ・サンジェルマン、チェルシー、マンチェスター・シティという強豪との6試合で奪ったもの(決勝ラウンドでの1シーズン10ゴールは、ロナウドと並び歴代最多)である。なお、CL通算ゴールランキングでも86ゴールで歴代3位タイにつけており、上にいるのはロナウド(140ゴール)とリオネル・メッシ(125ゴール)だけ。さらにはクラブの通算ゴールランキングでもラウール・ゴンザレスに並ぶ323ゴールでロナウド(450ゴール)に次ぐ2位タイに浮上しており、通算159アシストはクラブ歴代最多である。

 数字だけで見てもいかに優れたストライカーかということは明白だが、もはやこの選手をストライカーという枠組みだけで説明するのは不可能だ。驚くべきことに、ベンゼマはレアル・マドリーにおいて世界のあらゆるCFと比較しても最も多くのタスクを担っている選手の一人であり、驚異的な技術とフィジカル、そして認知能力の高さによりそれらすべてのタスクをほとんど完璧にこなしてしまう。

 ここにきて彼のような選手が脚光を浴びているのは単に選手としてのクオリティが高いからだけでなく、ポジショナルプレーの普及とともに移り変わってきた“現代に求められるCF像”に完璧にマッチしているからという理由がある。その点を掘り下げながら、レアル・マドリーというクラブの性質と絡めてベンゼマのプレーを分析する。

選手の個のクオリティ発揮を最優先するクラブの哲学

 ペップ・グアルディオラのバルセロナでの成功から、バイエルン、マンチェスター・シティを渡り歩くにつれて徐々に体系化されていったポジショナルプレーは、とりわけ欧州のメガクラブではもはや標準装備となりつつある。

 ポジショナルプレーといえば、現在のマンチェスター・シティに代表されるようにクローズドに、ゆっくりと前進していくイメージが想起される。常に守備ラインの手前と奥の中間ポジションに選手が立つことでボール周辺に局所的にフリーの選手を作り出し、フリーの選手は2タッチや運ぶドリブルを駆使して相手を引きつけながら次のフリーの選手へとボールを渡す。そして相手のラインを越え、あるいは徐々に相手のラインを押し下げ、全体として前進する。

 マンチェスター・シティのそれをスタンダードとするならば、レアル・マドリーのそれは非常に感覚的でやや異端なもののように映る。例えばハイプレスに襲われた際、レアル・マドリーの選手たちはSB、中盤、そしてCBまでもがダイナミックにポジションを移動し、ワンタッチプレーの連続という難易度の高いプレー選択をまったく厭わない。例えばCBのナチョ・フェルナンデスはSBにボールを預けた後、相手のプレスのファーストライン背後でワンツーを受け前に運んでいく一見リスキーなプレーをたびたび見せるが、監督のカルロ・アンチェロッティが落とし込んでいるものとは考えづらい。つまりは良くも悪くも即興性が強く、再現性に乏しい。これは、世界トップレベルの技術とリスクを恐れないメンタリティを持つ選手たちを擁しているレアル・マドリーに特異な形であると言える。並大抵のクラブでは真似できないだろう。

 アンチェロッティは以前、長きにわたりレアル・マドリーの中盤で輝き続けているルカ・モドリッチ、トニ・クロース、カセミロの3人について、このような発言をしている。

 「彼ら3人のダイナミズムには驚きを隠せない。私が指示もしていないことを自然にやってのけてしまう」

 「彼らはポジションを交換し合い、トニかルカがプレスを避けるために下がったり、カセが上がったりする。私は彼らのプレーに干渉しない」

PSG戦でメッシと相対するクロース、カセミロ、モドリッチ。カセミロがポルトからレンタルバックした2015-16以降7シーズンにわたり中盤の主軸として構築してきた連係が、レアル・マドリーを他のクラブと異なるチームにしている要素の1つだ

 先に述べたピッチ上から見えてくる現象を踏まえてこれを聞けば、レアル・マドリーというクラブの哲学を端的に表していることがわかるだろう。この発言が裏付けているように、レアル・マドリーはゲームモデルによる制約が小さく、選手に与えられる自由は大きい。言い換えれば、選手同士の相互作用による自然発生的な自己組織化を優先するエコロジカル・アプローチに近い。近年はビニシウス・ジュニオール、フェデリコ・バルベルデ、ロドリゴ・ゴエス、エデル・ミリトン、エドゥアルド・カマビンガなど将来性のある若手を獲得する路線に移りつつあるものの、従来はすでに完成された世界トップレベルの選手を引き抜き、彼らに自由を与え個のクオリティを最大限発揮させることを最優先するやり方で成功を収めてきたクラブであり、それがクラブの哲学だ。アンチェロッティはビセンテ・デル・ボスケやジネディーヌ・ジダンと同様、哲学に完璧にマッチしたマネージメントを志向する監督である。

 現在のチームでその最たる例を挙げるとすれば、クロースの起用法だろう。左インサイドハーフ(IH)で彼が出場する試合では明らかに、その正確なロングキックによるサイドチェンジを最大限活かすことができるよう、彼が左SBとのポジションチェンジで左ハーフスペース、ブロックの手前に落ちるだけでなく、チーム全体として左サイドへのオーバーロードと右サイドのアイソレーションを作り出す配置を取るようになる。

 ポジショナルプレーに話を戻すと、近年のトレンドとして”流動性”という言葉が一つ鍵となってきている。全体としてのバランスを保ちながらいかにポジションチェンジにより相手を動かして認知の負荷を与えるか。この流動性の度合いは、選手たちの持つプレーの“幅と質”に監督の(ゲームモデルによる)制約が加わり決定すると言って良いだろう。制約の大小は時に選手の個性を潰し、時に新たな才能を開花させる。マンチェスター・シティのジョアン・カンセロは、代表的な成功例の一つだ。

 制約が小さいレアル・マドリーでは、選手たちの持つプレーの“幅と質”がピッチ上で表れる流動性にダイレクトに反映される。その恩恵を最も享受しているのがクロースであり、モドリッチであり、そしてベンゼマなのである。様々なエリアでハイレベルにプレーできるベンゼマの能力が極限まで引き出され、さらにその自由なポジショニングがハブとなり、レアル・マドリーの前線に高い流動性をもたらしている。彼がそのユニバーサルな能力を遺憾なく発揮し現在世界最高クラスの評価を得ているのは、ポジショナルプレーの示している方向性とレアル・マドリーというクラブの背景が大いに関係していたというわけだ。

ベンゼマが唯一無二である理由

 ここまで述べてきたように、ポジショナルプレーの流動性は増加傾向にあり、どのポジションにも複数のタスクをこなすことのできる選手が求められる時代へと変化してきている。WGやIHはある時はセカンドストライカーとなり、CBやSBはある時はゲームメイカーとなる。言うまでもなくCFもそうであり、いわゆる“偽9番”の台頭や、それに伴い技術の高さと機動力を活かしてゲームメイクに貢献することもできる9番が急激に増えてきている。最前線に張ってポストプレーにだけ徹するよりも、CF自らがターン“も”できる方がチームにもたらす選択肢が増えるのは明らかだ。

 偽9番は、本来中盤やウイング(WG)を本職としてきた選手をCFに置く場合にそう呼ばれる言葉であるため、そのインパクトの大きさから目新しい戦術のように聞こえるが、ここで断言しておきたいのは、タスクベースで言えばベンゼマははるか昔から偽9番をこなしてきた選手であるということだ。前線のゲームメイカーとして振る舞い続けてきたベンゼマは9番よりむしろ偽9番、現代の偽9番と何ら大きく変わらない偽9番なのである。実のところ、ベンゼマはリヨンでCFではなくWGの期待の若手として台頭し、レアル・マドリーに引き抜かれたという経緯がある。極端な話、そもそもベンゼマのスタートは偽9番なのである。

 そして、今シーズンのベンゼマが世界最高たるゆえんは、偽9番としてすでに大成したトップレベルの選手でありながら、それでいてゴールを誰よりも量産できる選手へと再開花を遂げたからである。9番としても、ストライカーとしてもついにトップレベルへと上り詰めたのだ。

 近年世界を席巻してきたストライカーたちは、ロナウドとメッシという特異な例を除けば、生粋の9番または“10番っぽいこともできる9番”であり、そこに偽9番上がりの選手はほとんどいなかったはずだ。ベンゼマは、“10番っぽいこともできる9番”の枠にも留まらない偽9番であり、そして9番でもある唯一無二の選手なのだ。

 ここでは、フィニッシュ以外のプレーとフィニッシュという大きく2つに分けてベンゼマのプレーを見ていく。

CL準決勝マンチェスター・シティ戦第2レグで、反撃の狼煙を上げたロドリゴのゴールをアシストするベンゼマ。卓越したボディバランスで難しいクロスをコントロールしきったお膳立てには、ゴールだけにとどまらない彼の凄みが凝縮されていた

技術、フィジカル、認知。トレンドに適応したフィニッシュの十八番とは

……

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カリム・ベンゼマ

Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki

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