またも劇的なカムバック。レアル・マドリー対マンチェスター・シティ、第2レグの命運を分けた采配とプレーに迫る
両チーム合わせて7ゴールが生まれた第1レグに続き、誰もが予想だにしない展開が待ち受けていたレアル・マドリー対マンチェスター・シティのCL準決勝第2レグ。あまりに劇的な結末もあり「言葉にならない」と形容する声も多く聞かれる一戦で、果たして何が起こったのか。“奇跡”の正体を、東大ア式蹴球部分析官のきのけい氏に分析してもらう。
壮絶な打ち合いの末4-3というスコアでマンチェスター・シティがレアル・マドリーに先勝した第1レグ。内容はホームのマンチェスター・シティが圧倒しており、組織として劣っていたレアル・マドリーは個のクオリティの高さで何とか差を最少に抑えたという試合であった。数々の逆転劇を起こしてきたサンティアゴ・ベルナベウで迎えた第2レグでは、またも終了間際の劇的な2ゴールで延長戦に持ち込むと、その後1点を追加したレアル・マドリーがこの死闘を制し、リバプールの待つ決勝への切符をつかんだ。
この試合で特筆すべきはペップ・グアルディオラを上回ったカルロ・アンチェロッティのゲームプランの立て方、そのための交代カードの切り方、そして選手のハードワークとメンタリティだろう。この記事では、特にレアル・マドリーが終始劣勢となった第1レグと何が変わったかに焦点を当て分析していく。
カセミロの復帰。鍵となった中盤の構造とプレスラインの設定
第1レグの記事でも述べたように、CLにおけるレアル・マドリーは右ウィング(WG)に圧倒的な走力を誇るフェデリコ・バルベルデを起用することで擬似的な5バックを形成し、5レーンを有効に使って攻撃を仕掛けてくる相手をローブロックで待ち構え、ボールを引っかけてカリム・ベンゼマ、ビニシウス・ジュニオールのロングカウンターに託すという戦い方を選択してきた。
しかしカセミロが負傷欠場した第1レグではバルベルデを右インサイドハーフ(IH)に、そしてトニ・クロースをカセミロの位置で起用せざるを得ず、4バックのギャップという弱点を突かれて立ち上がりに2失点を喫する。後半には擬似5バックに戻した結果ケアし切れなくなった中盤脇からの侵入を許し、4失点目を喫した。相手の変化に対しても即座に解決策を見出し、どこからでもゴールを奪えるマンチェスター・シティというチームの完成度の高さが光った。
このレベルの試合ともなれば、どこかを守るためにはどこかを捨てるしかない。そのプライオリティをどこに置くか。守備の要ダビド・アラバを負傷で起用できない中、多くのジレンマを抱えることが予想されたレアル・マドリーだが、アンチェロッティはその絶妙なバランス感覚を持ってして、どこも完全に捨てることなく中盤の構造とプレスラインの高さに変更を加えることで解決策を見出した。
マンチェスター・シティは第1レグでは負傷欠場していた世界最高の対人性能を誇る右SBカイル・ウォーカーが復帰。また逆サイドでも、カード累積による出場停止からジョアン・カンセロが戻ってきており、現状のベストメンバーを起用した。最前線は第1レグと同様右からリヤド・マレズ、ガブリエル・ジェズス、フィル・フォーデンという並びだ。
ボールの動かし方は第1レグと大きく変わらず。SBをロドリの脇に置く[2-3-2-3]を基本とし、相手の配置を見て動的に立ち位置を変えながらこの日は左IHで出場のベルナルド・シルバの引き出しを起点に押し込もうという戦い方であった。
レアル・マドリーはまず、中盤をいつもの逆三角形ではなく順三角形とすることで、配給の起点となるロドリをルカ・モドリッチが見張り、ハーフスペースに位置する相手のIHの2人もマンツーマン気味で捕まえる形を見せた。その分CBの持ち運びにかけられる圧はベンゼマだけとなるが、サイドチェンジを外回りにさせることで横スライドの時間を稼ぐのが狙いだ。
そして、ベルナルドが絡むレアル・マドリー側から見て右サイドのメカニズムが前半のホームチームのブロック守備における鍵となった。まず、チーム全体として意識していたのが守備ブロックの位置を下げ過ぎないということ。
第1レグより10mほどプレスラインを高く設定し、バルベルデは最終ラインに吸収されない。数字表記すれば[4-2-3-1]の形である。バルベルデは持ち運んでくる相手選手(エメリク・ラポルト、あるいはカセミロのマークを逃れて落ちるベルナルド)と大外レーンに進出するカンセロとの中間ポジションをキープし続けた。カンセロを使われると素早くプレスバックし、間に合わないときは右SBダニエル・カルバハルを押し出して空いたスペースはカバーエリアの広いカセミロが埋め、内側にバルベルデが立つ。重心が下がり過ぎてマンチェスター・シティの攻撃を受け止め切れなかった第1レグとは打って変わり、ミドルサードまでの前進は許容するもそこからはファーストDFを素早く決め続けることでアタッキングサードには簡単に侵入させなかった。
前半にマンチェスター・シティがクローズドな展開から作り出したチャンスは15分、そしてアディショナルタイムのケビン・デ・ブルイネの左足ミドルシュートのみ。グアルディオラはカセミロより守備強度が大きく落ちるクロースの対面にデ・ブルイネを置いたが、この日は彼の日とはならなかった。
互いのハイプレスvsプレス回避の攻防
さらにアンチェロッティは、ここにきてミドルサードから全体を一気に押し上げハイプレスに移行する守備(またボールロスト後のゲーゲンプレス)のクオリティを大きく引き上げてこの試合に臨んだ。今シーズン、主力にベテランの多いスカッドと矛盾するハイプレスを志向し、何度か失敗を見せてきたレアル・マドリーだったが、直近のラ・リーガ第34節では大きくターンオーバーしながら4-0と大勝し、主力のほとんどを休ませることに成功。この大一番では選手全員のフィジカルコンディションが上がっており、単にブロック守備の重心を下げ過ぎないだけでなく相手のバックパスに対してラインを上げ、前線の選手たちが配置を噛み合わせて前から選択肢を消しに行くことでマンチェスター・シティのやり直しの機会を阻害し続けた。
特に改善したのが2列目以降の出足である。ビニシウスなどが単独で出て行き剥がされると、その後の選手が続くことができず相手に時間的余裕を与えてしまうことが多かったこれまでと異なり、浮いたウォーカーに対しては左SBのフェルラン・メンディがダイナミックに縦スライドする(あるいはクロースが横スライドする)などチーム全体で意思統一し次々と後方の選手を押し出すことで相手の認知負荷を高め、パス出しのタイミングを制限した。第1レグではマンチェスター・シティに意図的に「奥」を使われたが、この日は良い体勢からロングボールを蹴る余裕を与えなかった。そして背後の広いスペースに出される乱れたボールを、アラバの代役として起用されたナチョ・フェルナンデスのスピードを生かし回収。ラポルトのロングボールのセカンドボールをベルナルドが驚異的な運動量で回収しそのまま最終ライン背後に飛び出してクロスを上げ、ジェズスのシュートに繋がった23分のシーンを除けばハイプレスを剥がされて一気にチャンスを作られるといったことはなく、36分のボール回収までの一連の流れはまさしくその改善を象徴するシーンであった。……
Profile
きのけい
本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki