昨季途中からアカデミー・メソッドグループ長だった橋川和晃監督が指揮を執るFC今治。注目されたいわきFCとのアウェイゲームでは、相手のお株を奪うフィジカルサッカーで0-1で競り勝った。その試合を取材した宇都宮徹壱氏に、FC今治と「岡田メソッド」の進化の歴史を解説してもらおう。
「今季のベストゲーム。選手の気持ちが入ったゲームだった。一瞬の隙も作らず、球際での勝負や走りの部分、攻守の切り替えもしっかりできていました。相手よりも速くポジションを取り、相手の状況を見ながらプレーすることもできていたと思います」
J3リーグ第6節、いわきFC対FC今治は、今治が0-1で勝利。今季初の敵地での勝利に、今治の橋川和晃監督は「今季のベストゲーム」と言い切った。もちろん、謙虚なこの人のことだから「サッカー自体は、我々のプレーモデルをもとに今後も積み上げていかないといけない」としながらも、指揮官の手応えが伝わってくる会見であった。
変化を続ける「我々のプレーモデル」
実は当初、私がこの試合で注目していたのは、いわきの方だった。J3昇格1年目ながら負けなしの3位。前節は、AC長野パルセイロのアウェイ戦に4-0と圧勝している。この日の今治戦も、いわきがフィジカルと走力で圧倒すると予想していた。
ところが蓋を開けると、フィジカルと走力で上回っていたのは、むしろ今治の方だった。終始、試合の主導権を握り続け、後半開始早々の46分には近藤高虎のゴールで先制。その後も、局面でのデュエルでも積極的に仕掛けていき、相手の攻撃に対しては身体を張って止めにいく。私は2015年の四国リーグ時代から、今治の試合を定期的に取材してきたが、これほど泥臭くて勝負強い戦いぶりは本当に久々であった。
今治のサッカーといえば、かつては流麗なパスワークとボールポゼッションが代名詞。「日本のフィジカルスタンダードを変える」いわきとは実に好対照なイメージが定着していた。ところがJリーグで初顔合わせとなったこの試合では、今治がいわきのお株を奪うようなサッカーを展開し、見事に相手を圧倒したのである。
「もしかして、今治はスタイルを変えたのか?」
一瞬、そんな考えが脳裏をよぎった。とはいえ橋川監督の前職は、今治のアカデミー・メソッドグループ長。昨シーズンの途中に、内部昇格の形でトップチームの監督に就任している。今治に来て7年目。「岡田メソッド」の構築に貢献してきた人物が、急にクラブのスタイルを変えていくとは考えにくい。そもそも、会見で言及していた「我々のプレーモデル」というのも、岡田メソッドのことを指していた。
「集団指導体制」という独特の指導スタイル
橋川監督の前職時代のインタビュー記事によれば、岡田メソッドは教典のように固定化されたものではなく、様々なスタッフが議論と思考を重ねながらバージョンアップしていくものとされている(現在は「バージョン3」とのこと)。よって「これが岡田メソッドだ」と軽々しく断じてしまうと、あらぬ誤解を生じさせるリスクがある。ここはディテールではなく、俯瞰的に今治のサッカーを振り返ってみることにしたい。……
Profile
宇都宮 徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。2010年『フットボールの犬』(東邦出版)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、2017年『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)でサッカー本大賞を受賞。16年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(https://www.targma.jp/tetsumaga/)を配信中。