ボーンマスとレアル・マドリーが見せた“サインプレー”、今後のトレンドになるか
高いレベルでの勝負ほど、細かな戦術やセットプレーが勝敗を分けるものだ。UEFAチャンピオンズリーグの決勝トーナメントで、あの“白い巨人”がイングランド2部リーグの戦術を真似たという。
成功は「練習の賜物だ」
昨年12月3日、イングランド2部リーグで首位攻防戦が行われた。フルアムvsボーンマスの試合で、後半キックオフと同時にボーンマスがサインプレーを仕掛けて電光石火のゴールが生まれた。キックオフのパスを下げた瞬間に、2トップの一角であるFWドミニク・ソランケが左サイドから一気に疾走。サイドのスペースにフリーランニングするかと思いきや、方向転換して敵ゴールに向けてスプリントした。その間にボーンマスはセンターサークル付近に陣取った3名が三角形を形成してパスを回し、3人目のMFフィリップ・ビリングがDFラインの裏に浮き球のパスを送り、そこにソランケが走り込んでワントラップから右足を振り抜いてゴールネットを揺らした。
キックオフから7タッチでのゴール。要した時間はわずか6秒。まさに電光石火の先制弾だった。首位攻防戦は最終的に1-1のドロー決着に終わったが、見事なサインプレーで古巣チームを出し抜いてみせたボーンマスのスコット・パーカー監督は「練習の賜物だ」と試合後に説明した。
「この試合は詳細が差を生むと思っていた。我われはキックオフ時にボーンマスのどこに隙が生まれるか分析し、みっちりと練習した。そうした努力が実際の試合で結果に結び付いて非常にうれしいね」
このゴールは、一部の英紙で「キックオフからの歴代ベストゴール」と話題になったので目にした方も多いかもしれないが、映像を見直すと改めてその緻密さに感心させられる。センターサークル内でのパス交換から1本のロングパスで裏を取ったわけで、一見するとシンプルに思えるが、完璧に計算されつくしたゴールなのだ。
失点を喫したフルアムのマルコ・シウバ監督は「集中を欠いた。DFラインが寝ぼけていたよ。このレベルでああいう失点は許されない」と試合後に不満を口にした。
確かに少し集中を欠いた部分はあるのだろう。首位攻防戦とはいえ、週末ではなく金曜日のナイトゲーム。そしてゴールレスのまま迎えた後半のキックオフだった。だから首位のフルアムは少し気が緩んだのかもしれない。だが、そういったことを加味しても、鮮やかな頭脳プレーだった。
ソランケが左側からスプリントしたのに対し、センターサークルの右側に陣取っていたライアン・クリスティはジョギングのペースで前進した。そのせいでフラムのCBはDFラインの背後ではなく、前方のスペースを警戒して前に出てしまった。その瞬間にロングパスで裏を取られて失点を喫したのだ。
キックオフ直後の奇策
この完璧なサインプレーをCLの大舞台で再現しようとしたのが、13度の欧州制覇を誇るレアル・マドリーだ。英紙『Daily Mirror』によると、Rマドリーは3月9日に行われたパリ・サンジェルマンとのCLラウンド16の2ndレグで、試合開始キックオフからサインプレーを繰り出したという。
第1戦を0-1で落としていたRマドリードは、ホームでの第2戦でいきなりゴールを目指し、MFルカ・モドリッチがキックオフを戻した瞬間にFWビニシウス・ジュニオール、FWカリム・ベンゼマ、MFフェデリコ・バルベルデの3名が敵陣へ疾走した。
センターサークルでは、モドリッチが下げたボールをMFトニ・クロースがワントラップしてからモドリッチにリターンパス。それをワンタッチでサイドに落として、マルコ・アセンシオが左足でPSGの最終ライン裏にワンバウンドのスルーパスを出したのだ。
ここまではボーンマスのサインプレーと瓜二つ。しかしアセンシオのパスは精度を欠き、ビニシウスが必死に追いかけるも敵GKジャンルイジ・ドンナルンマに難なくキャッチされてしまった。
PSGの最終ラインは慌てた様子もなく、普通にプレーを続けた。そのため、たとえアセンシオが完璧なロングスルーパスを送っていてもゴールを奪えたかは分からない。しかしCBのマルキーニョスとプレスネル・キンペンベはスルーパスが出る前に1、2歩ほどステップアップしかけており、タイミングさえ合っていれば決定機になっていたはずだ。
様々な因子が成功につながる
ボーンマスを真似たRマドリードの不意打ちが失敗した原因は、アセンシオのパス精度だけではない。このプレーは“ランナー役”の演技力も問われる。ビニシウスがDFラインの裏を狙うのなら、同じく前方に走ったベンゼマやバルベルデは“おとり役”として少しスピードを落としてもっと相手CBの気を引くべきだった。
さらに、ピッチサイズも考慮すべきだ。「105m×68m」という標準サイズのサンティアゴ・ベルナベウに対し、ボーンマスが得点を奪ったクレイブンコテージは「100m×65m」と狭いため、ゴールまでの距離が近いのだ。
また、前半と後半のキックオフという違いもある。ボーンマスは、他の試合で似たようなサインプレーを前半のキックオフで仕掛けているそうだが、得点にはつながっていない。もしかすると後半キックオフの方が、相手は油断するのかもしれない。そういった様々な因子が関わってくるが、そもそもセンターサークルから1本のパスで裏を取るのだから、簡単に成功するわけがないのだ。
それでも、キックオフならばまったく相手に邪魔されずに「ほぼゼロリスク」で一気にゴールを狙えることになる。そう考えると、キックオフからのサインプレーは、今後フットボール界のトレンドになるのかもしれない。
Photo: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。