去る4月13日に『BBC』で放送された特別番組が英国で話題になっている。イングランド史上最大とも言える人気を誇りながら、その後スターダムから転落した元MFを追ったドキュメンタリーだ。90年代から現地で彼を見続けてきた、ガスコイン世代のサッカーファンでもある山中忍さんが、鑑賞後のガッザ観を綴った。
「かわいそう」の一言。『BBCテレビ』制作の『GAZZA』は、往年の有名スポーツ選手の姿を描いたドキュメンタリー作品だ。しかし、現在の“ガッザ”ことポール・ガスコインが、1人で釣り堀にいる姿で始まって終わる2部作を一気に見終えて込み上げた気持ちは、感動や驚嘆ではなく、同情だった。
ガスコインは、英国史上最大とも言える人気を誇った母国サッカー界のアイドルであり、1985年に地元クラブのニューカッスルでデビューを果たした18歳の頃から、同世代で最高のタレントと称された。実際には世代を超えた国産ワールドクラスだった。その証拠に、若きイングランド人攻撃的MFが台頭すれば、今でも“ガッザ2世”との呼び声で期待が寄せられる。昨夏のEUROで、ブロンドの短髪ヘアスタイルも相まって国民に「再来」を願わせたフィル・フォデンが最近の代表例。2004年に当時4部のクラブで現役を退いたガスコイン以上のタレントは、まだ現れていない。
持てる才能が発揮された名演は、この作品にも収められている。トッテナム時代の1991年、FAカップ準決勝で北ロンドンの宿敵アーセナルのゴールに突き刺した30メートルFKは、映像で何度も目にしている同大会名ゴール集の定番だ。EURO1996のスコットランド戦で決めた、左足で相手DFの頭越しに浮かせたボールを右足で捉えたボレーはリアルタイムで目撃している。ラツィオでの92-93シーズンに披露した3人抜きゴールは、個人的に初めて見る映像だった。対戦相手は、ディエゴ・マラドーナのいたセビージャ。ガスコインがドリブル突破からネットを揺らすと、テレビカメラは脱帽の苦笑いを浮かべるマラドーナを捉えていた。
4月13日に放送された本ドキュメンタリーは、W杯開催年ということで今年にリリースされたのだろう。少し話がそれるが、同じ4月からロンドン市内のデザイン・ミュージアムではサッカー関連のエキジビションが開催されてもいる。11日に足を運んでみると、展示スペースには世界最高と評された元フランス代表MF、ジネディーヌ・ジダンのドキュメンタリー映画(『ジダン 神が愛した男』)が投影されている一室があった。その翌々日、テレビ画面で久しぶりに見た全盛期のガスコインは、胸板の厚いパワフルな上半身、繊細なタッチと軽快なフットワークが繰り出されるバレエダンサーのような下半身、抜群のボディバランス、そしてパスも、シュートも、ドリブルも極上品といった特徴が、ジダンに最も近い国産タレントではなかったかと思わせた。
だが現実を眺めれば、現役生活にも、引退後の人生にも、ジダンとの間には大きなギャップが存在する。ガスコインのキャリアは、1991年FAカップ決勝で右膝の十字靭帯断裂に見舞われた23歳の時点から下り坂に差しかかり始めた。翌年から3年間を過ごしたイタリアでも、パフォーマンスは一貫性を欠いた。前述のセビージャ戦にしても、無断で出かけていたパリから試合前ギリギリに合流し、睡眠不足にフライトの疲れも重なった体に酒も入っていた選手当人は、試合後の機内で自らの独走ゴールを「何も思い出せない」と語っていたと、当時パーソナルアシスタントを務めていた女性が証言している。
アルコール依存症、心の病…周囲のサポートがあれば
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山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。