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29歳で初のフランス代表入り。ジョナタン・クラウスの成長ストーリー

2022.03.25

 今回の国際マッチデー、フランス代表は3月25日にコートジボワール、29日に南アフリカと親善試合を行う。

 この両戦に臨むレ・ブルーのメンバーに、今回は3人の新顔が加わった。アーセナルからマルセイユにレンタル中のCBウィリアム・サリバ(20)、RBライプツィヒに所属する攻撃的MFクリストファー・エンクンク(24)、そして最も注目されているのが、RCランスに所属する29歳のDFジョナタン・クラウスだ。

正真正銘の初選出

 他の2人と違い、クラウスはユース代表歴もない、これが正真正銘のキャリア初の代表選出。代表のシンボルである雄鶏のエンブレムがついたシャツに袖を通したことがないため、フランスサッカー連盟の公式サイトのメンバー写真も1人だけ顔面のみの証明写真、というのもなんだか初々しい。

 ディディエ・デシャン監督は、メンバー発表会見で「私は彼にプレゼントを贈ったわけではない。彼がここにいるとしたら、それは彼がその立場にふさわしいと思うからだ。そして、これは彼にとっての祝祭ではない。それ(招集)自体が目的であると考えるべきではない」とコメント。

 と同時に、「彼は20歳ではないが、これは彼にとって1つのステップだ。私は彼を、他の22人と同じように考えている。彼はプレータイムを得る。感情的な面を無視するのは誰にとっても容易ではないが、すべてはピッチ上で何ができるか、ということに尽きるのだ。そして、そのために彼はここにいる」と激励した。

 もともとフランス代表は右SBの層が薄い。前回、2021年11月の代表ウィークで招集されたリヨンのレオ・デュボワはケガもあってパフォーマンスが万全でなく、バンジャマン・パバール(バイエルン)はコロナの陽性反応が出たためにサリバが追加招集された。

 ランスで今季ここまでの28節で4得点9ゴールと、右SBとしては欧州の主要リーグでもトップレベルの数字を残しているクラウスは、今回の2試合でほぼ確実に出場時間を得るだろう。

 29歳で初代表、というのもさることながら、5季前まではアマチュアリーグでプレーしていた選手ということでも、いっそう注目が高まっている。

アマチュアからステップアップ

 ストラスブール出身のクラウスは、日本代表GK川島永嗣が現在所属するRCストラスブールのアカデミーで育成を受けていたが、18歳になったプロ入り選考の時点でクラブに残れず、同じストラスブールにあったアマチュアクラブでプレーを続けることになった。

 3年間そこに在籍した後、ストラスブールからライン川を渡った向こう側にある町リンの6部リーグで2年間プレー。その後フランスに戻り、5部リーグで1年間プレーした後、2016-17シーズン、3部リーグのUSアブランシェに移籍。セミプロである3部リーグ加入は、彼にとってプロに近づくステップアップだった。ここで出場したフランスカップのラウンド32で、リーグ2のラバル相手にドリブル突破から素晴らしいゴールを決めたシーンは話題になった。

 そこでの活躍は次のキャリアの扉を開き、2017-18シーズン、リーグ2のクビリーと契約して、クラウスは24歳にして初めてプロ選手となった。

 しかし喜んだのも束の間。もともとアマチュア時代が長かったクビリーはわずか1年で3部に降格してしまい、クラウスの契約も宙に浮いてしまう。

 なんとかしてプロキャリアを継続したかった彼は、2018年夏、ディエゴ・マラドーナが会長となったベラルーシのディナモ・ブレストのトライアルを受け、入団直前までこぎつけたが、彼を所望していた監督が解任となり、移籍話も流れてしまった。

 しかし運の巡り合わせで、ドルトムントの北東にあるブンデスリーガ2部のビーレフェルトに迎えられると、そこが彼のキャリアを開花させることになる。

 ブンデスリーガ昇格を目指していたクラブで主力となった彼は、本人いわく「ドイツ語も流暢になった」2年目に5ゴール10アシストの活躍。ビーレフェルトは見事リーグ優勝を果たして、ブンデスリーガ昇格を決めた。

 そして、クラウスはそれを置き土産に、やはり2部から昇格を果たした母国フランスのランスに巣立ったのだった。

ビーレフェルトでの活躍がステップアップにつながったという(Photo: Getty Images)

「#ClaussEnEDF」

 ランスは昨季、昇格初年度ながら安定した戦いぶりを見せて7位でシーズンを終えると、今季も一時は2位に浮上するなど上位で奮闘。今、リーグ1で最も勢いのあるクラブの1つだ。個人的にも、見ていて本当に面白いと感じる数少ないチームだ。

 特徴としては、よく走り、よく当たり、スペースの使い方のバランスが良い。選手一人ひとりが自分の役割に忠実に動いている感じで、動きに無駄がない。パリ・サンジェルマンのような相手にも実に堂々と仕掛けていき、いつ何時でもゴールが生まれそうな、攻め気にあふれた痛快なゲームを見せてくれる。

 そしてクラウスは、その善戦を支える主力の1人として、ランスで絶大な信頼を勝ち得ている。

 ポゼッションに応じて3バックに変化する5バックで右サイドを務める彼は、サイド攻撃の要であり、彼が突破してクロスを上げ、味方がシュートするというのが、ランスにとっての重要な攻撃オプションだ。ランスが4-0で快勝した第13節のトロワ戦では1ゴール2アシストの大活躍。パスの精度も高く、距離のあるFKは彼が担当することが多い。

 ランスサポーターの間では、すでに昨年2月からデシャン監督にアピールすべく「#ClaussEnEDF(クラウスをフランス代表に)」のハッシュタグが出回っていた。

 クラウスは、3月17日のメンバー発表中継をランスのクラブハウスで仲間たちと一緒に見ていた。クラブの公式Twitterには、その時の映像が投稿されている。デシャン監督が彼の名前を呼んだ瞬間の様子は、彼がいかにチームで愛されているかをこれ以上ないほど物語っていて、思わず胸が熱くなる。

「“トライする”のではなく“やる”」

 代表合宿初日には、クレールフォンテーヌにあるA代表の宿舎、通称シャトーにやってくる選手たちをカメラが待ち受けるのが恒例行事となっているが、「あれ、入り口はここで合っているんでしたっけ?」と記者に聞いている姿も初々しかった。

クレールフォンテーヌにあるA代表宿舎に入る際は初々しい姿も見せたという(Photo: Yukiko Ogawa)

 前日の夜は、ちょっと不安もあって寝つけなかったそうだ。これまでのキャリアパスからして、代表メンバーには元チームメイトといった馴染みの選手は1人もいない状態。緊張するのも当然だろう。

 食事の席で新入りが歌をうたう恒例の儀式では、十八番だという歌手コルネイユの『Avec Class』を歌ったらしいが、緊張で足も声も震えて「うまく歌えなかった」そうだ。

 心強い存在は、主将のラファエル・バランだ。彼はランス出身。初日のディナーでも彼が隣に座ってくれ、共通の話題で話も弾んで緊張も少しほぐれたと、クラウスは語っている。

 そして、“ビッグボス”であるデシャン監督は、彼にこう言ったそうだ。

 「ここでは“トライする”のではなく“やる”のだ」と。ただ頑張るだけではなく、結果を出せ、というお言葉である。

 サイド攻撃で見せる走力やパスのクオリティに加え、彼が誇るのはその運動量だ。1分間にどれだけ酸素を取り込む事ができるかを示す「Vo2max」がランスでチームNo.1という持久系能力の高さも、彼の武器になることだろう。

 代表招集は、「驚き、感動、特別でレアな瞬間」だったとクラウスは言葉にしている。しかし、いつまでもその感動に浸っている場合ではない。

 「最初は『ああ、本当にここにいるんだ』と感情に浸っていたけれど、その時期は過ぎた。そんなこと続けていたら失敗するだろうし、そんな結果は望んでいないから」

好意的な意見が多数

 ドイツのアマチュアクラブにいた時代は、サッカーは趣味として続け、別の職業を持つことを真剣に考えていた。職業訓練校に行ったり、配達の仕事をしたりしていた。

 彼の母親は「天から見守られているような子で、何だかいつも運があるのです」とインタビューで話していた。彼自身の努力はもちろんだが、出会った指導者、移籍先クラブの状況など、巡り合わせというのはキャリアに大きく関係するものだ。

 やはりアマチュアクラブからイングランド代表戦士となったジェイミー・バーディを思わせるストーリーだが、バーディのようにその後も代表に定着できるようになるかは彼次第だ。

 印象的だったのは、今回のこの話題を報じた記事に寄せられたコメント欄が、温かいコメントであふれていたこと。

 彼の活躍に期待し、応援するメッセージとともに「こういうストーリーこそがスポーツの美しさであり、人々がスポーツを好きになる理由だ」といった感想も目立った。

 とかくサッカー界ではネガティブな報道が多い。ただでさえ、世の中には不穏な話題が多い今、気分が沈みがちな人たちにとっても、ほっこり心が温まり、勇気をもらえるような、明るい話題だった。

 南アフリカ戦の会場が、ランスの地元のライバル、リールの本拠地というのも妙な巡り合わせだが、きっと多くのサッカーファンが、遅咲きの新ブルーに声援を送ることだろう。


Photos: Yukiko Ogawa, Getty Images

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RCランスジェイミー・バーディージョナタン・クラウスディディエ・デシャンフランス代表ラファエル・バラン

Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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