好評発売中の『フットボリスタ第89号』では、学問化するトレーニングメソッドを大特集。トーマス・トゥヘルが導入したことで欧州サッカー界に広く知れ渡った「ディファレンシャル・ラーニング」や、「エコロジカル・アプローチ」をはじめとする非線形の運動学習理論を紹介した一冊だ。本号を読んで、日本の育成現場に立ち続けるらいかーると氏は何を思ったのか。『アナリシス・アイ』の著者でもある現役指導者に感想を綴ってもらった。
サッカー指導者のみなさま、お元気でしょうか。私は少し風邪気味です。学ぶことをやめたら、教えることをやめなければいけないと、胸に刻まれているみなさまは学習意欲にあふれていることでしょう。しかし、時代はコロナ禍です。保護者の方々が試合観戦の自粛を余儀なくされる状況になり、我われも気軽に試合や練習に足を運んで視察し、学ぶことは難しい時代になっています。指導者講習会も以前と比べると、元気を失っていることは自明の理でしょう。
そんな時代の大きな変わり目に、フットボリスタの最新号と出会いました。特集テーマは「トレーニング×学問化」です。ポイントは「学問化」にあります。戦術のパラダイムシフトはピッチ上から読み解くしかありませんでしたが、トレーニングのパラダイムシフトは人間の学ぶ仕組みの研究から生まれてきました。つまり、どんなトレーニングをすれば、効率よく学ぶことができるかが証明されつつある、という話になります。
本誌の言葉を借りると、スキル単体を鍛える要素還元から、競技特異性を重視した統合型にトレーニングメソッドは変化してきています。わかりやすく言い換えるならば、「サッカーはサッカーをすることでしかうまくならない」という有名な言葉が、あらためて実証されているということでしょうか。
例えば、試合で決定力がないからシュートというアクションを抜き出してシュート練習をするのではなく、限りなく実戦に近い状況でシュートのトレーニングをしましょう、という考えになります。そしてシュートが起きやすいようにゲームに様々な制約を加え、選手たちの問題を解決する能力を鍛えていく「制約主導型アプローチ」が、今後のスタンダードになっていく気配です。
バルサ、オシム、フットサル…学問化が問う各メソッドの是非
いやいや、肌感としてそれは知っていた!という方も多いと思います。しかし、学問化の本質は、日本に混在している多くのサッカーメソッドの是非を測る物差しとしても機能していることにあります。
例えば、海外帰りの指導者たちとバルセロナスクール(現バルサアカデミー)によって伝えられた「グローバルトレーニング」。試合に近い環境を作るトレーニングが、日本サッカー界でも浸透し始めました。ただし、最新の研究によってさらにアップデートが可能となっています。制約と報酬のバランスによって、選手に多くのことを意識させながらプレーさせることが標準になっていく予感です。
オシム元日本代表監督の多色ビブスを用いたトレーニングも、学問化によって効果が証明されました。異なる色の選手にパスをしなければいけない、または決まった色の選手にパスをしなければならないという制約によって、プレーしている選手はサッカーで意識すべきこととは別に、試合以上の思考負荷とともにプレーすることになります。普段は誰が味方かを考える必要はありませんからね。練習で本番以上の負荷をかけることで、実際の試合を楽に感じることができます。
ミゲル・ロドリゴ元フットサル日本代表監督が広めた「インテグラルトレーニング」は、まさに制約主導型アプローチと様々なメソッドが混ざり合ったものであったこともよくわかりました。ボールを繋ぎながら他のコートに移動したり、移動する時のルール(浮き球やドリブル限定)があり、ボールを手で持っている人へのパスが禁止だったり、ハーフウェイラインを越えたら左右どちらのゴールにもシュートを決めていいという報酬もあったりと、時代を先取りした理論を体系化して教えてくれていたという感謝の気持ちでいっぱいです。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。