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“魔法の夜”はいかにして生まれたのか?レアル・マドリー対パリ・サンジェルマン、大逆転劇の戦術的ポイントを読み解く

2022.03.12

135分を終えて0-2からの大逆転劇となった、CLラウンド16レアル・マドリー対パリ・サンジェルマンの第2レグ。レアル・マドリーの窮地からの生還はいかにして成し遂げられたのか。勝敗を分けたポイントを、 東大ア式蹴球部でテクニカルスタッフを務めるきのけい氏に分析してもらった。

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 CLラウンド16最大のビッグマッチであったレアル・マドリー対パリ・サンジェルマンは、2試合合計3-2というスコアでレアル・マドリーの勝ち抜けが決まった。

 パリ・サンジェルマンの選手たちからすれば、現実を受け止めるのは難しいだろう。本拠地パルク・デ・プランスでの第1レグは1-0と最少得点差だったものの全局面でレアル・マドリーを上回り、ほとんど何もさせずにスコア以上の完勝を果たした。アウェイでの第2レグでも、60分間は試合を支配したと言っても良い出来であった。しかし、絶体絶命の状況で得体の知れない底力を発揮するチームが立ち塞がった。レアル・マドリーは、レアル・マドリーがヨーロッパの盟主であるゆえんを示したのだ。

 この記事ではレアル・マドリーの視点で、第2レグに至るまでの背景、そして第2レグの試合内容、劇的な逆転勝利の過程を分析していく。

アンチェロッティの決断

 第1レグから、より修正が必要なのがレアル・マドリーの方であることは誰が見ても明らかだった。

 今季のレアル・マドリーは、チームの絶対的な中心選手であるトニ・クロースがケガで開幕に間に合わないことがわかると、監督のカルロ・アンチェロッティはチーム一のダイナミズムを誇るフェデリコ・バルベルデを中盤の中心に据え、ハイプレスとダイレクトかつスピーディな攻撃を武器とするモダンなフットボールへと舵を切った。

 特に、攻撃面では一定の成果を見せた。新加入ダビド・アラバが鋭い縦パスを通し、バルベルデはよりオープンな展開で推進力を見せ、ビニシウス・ジュニオールは果敢にドリブルを仕掛けていく。実際にゴール数は昨シーズンまでと比べても増加していた。

 しかし守備面、特にハイプレスやネガティブトランジションの強度を高め切ることはできず、クロースがケガから復帰した直後のCLグループステージ第2節シェリフ戦、続くラ・リーガ第8節のエスパニョール戦では緩い守備を見せ連敗。するとアンチェロッティはモダン化の挑戦を一時凍結し、プレスラインを下げてのロングカウンターを主体とするフットボールに戻すことを選択した。

 そこからレアル・マドリーは破竹の10連勝を飾る。最大の強みはやはりそのポジティブトランジション。押し込まれた状態でもゲーゲンプレスをひっくり返すプレス回避と、カリム・ベンゼマのポストプレー、ビニシウスのスピードを存分に活かした攻撃が猛威を振るい、国内では独走体制を築いていた。

 しかし、これがパリ・サンジェルマンにはまったく通用しなかった。

 特に、その最大の強みをねじ伏せられたダメージは大きかった。パリ・サンジェルマンはリオネル・メッシやキリアン・ムバッペというスター選手を擁しながらも、強烈なハイプレス、ゲーゲンプレスでレアル・マドリーを自陣に閉じ込める。4局面すべてで非常にコレクティブであり、レアル・マドリーになす術はなかった。

第1レグのハイライト動画

 これを機に、アンチェロッティは理想と現実の狭間である決断を下す。

 それがハイプレスとゲーゲンプレスの復活である。パリ・サンジェルマンにボールを持たれ、自陣に閉じ込められたら今のリソースでは敵わない。そのうちムバッペに組織を破壊されてしまう。となれば、一時は凍結させた、未完のフットボールを一か八かぶつけ、相手からボールを取り上げる。突きつけられた現実を乗り越えるために残された方法は、これしかなかった。

 だが、試練はそれだけではない。直前のラ・リーガ第27節ソシエダ戦ではイメージ通りのやり方で4-1と大勝し成果を上げ、良いイメージのまま第2レグを迎えることができたものの、その試合に出場していた絶対的主力である左SBのフェルラン・メンディ、アンカー(Ac)のカセミロが、イエローカードの累積により第2レグで起用できないことが決定していた。

 メンディの役割は、世界でも屈指のユーティリティプレーヤーであるナチョ・フェルナンデスに任せられる。一方でAcには、今シーズンはカセミロの代役として機能していたエドゥアルド・カマビンガではなく、クロースが置かれた。ソシエダ戦でインサイドハーフ(IH)として出場していたカマビンガは、エリア外からのスーペルゴラッソを沈めており調子の良さを見せていた。確かにクロースの経験値と配球力は飛び抜けているが、高い位置からボールを奪いにいく戦い方でその役割がうまくハマった試合は一度もなく、守備範囲の狭さが不安視されるリスキーな采配に映る。下手すれば大量失点も想定される中、アンチェロッティはチームを信じてピッチ上に選手たちを送り出したのだった。

キーマンがサスペンションとなる中、難しい決断を下したアンチェロッティ

ネイマールの功罪、止まらないムバッペ

 一方のパリ・サンジェルマンは、圧倒し成功体験を積んだ第1レグからやり方を大きく変える必要性はもちろんないはずだった。ムバッペを欠いた直前のリーグアン第27節ニース戦では攻め手を欠き0-1の敗戦とその依存度の高さを露呈したものの、懸念されたケガは大事には至らず無事スターティングメンバーに名を連ねる。マウリシオ・ポチェッティーノ監督は、第1レグからの人の変更点をアンヘル・ディ・マリアのところにネイマールを入れるのみとした。

 ここから、試合内容を見ていく。

 立ち上がりはレアル・マドリーがサポーターの熱狂に後押しされるように前に出て行き、開始早々マルコ・アセンシオがエリア内でクロスを受けるなど、勇気を持って試合に入る。ボールを失ったら前線の選手たちは素早くボールホルダーにプレッシャーをかけ、選択肢を制限。12分には落ちて起点になろうとしたネイマールをクロースが潰すなど、いつもと違う役割を何とかこなしているように見えた。

 レアル・マドリーはその都度流動的ではあったものの、とにかく各選手が近い相手選手を前から捕まえにいく同数ハイプレスを敢行。シーズン序盤には見られなかった、ボールにアタックする(寄せ切る)プレーで選択肢と同時にパスを出すタイミングを制限した。一発でかわされるリスクをはらんでいるものの、かわされたら次の選手がカバーシャドウしながら出ていくことで効果的にボールホルダーに認知負荷をかけていく。後方では右SBのダニエル・カルバハルが時に中盤までネイマールを捕まえにいき、CBエデル・ミリトンがムバッペと1対1になることを許容した。

 例えば24分の場面。ヌーノ・メンデスのバックパスをスイッチに全体でラインを上げると、ベンゼマがマルキーニョスを、アセンシオがプレスネル・キンペンベを、バルベルデがマルコ・ベラッティを、クロースがレアンドロ・パレデスを捕まえた。ベラッティとマルキーニョスのパス交換でベンゼマが剥がされるも、左のビニシウスが自分のマークしていたダニーロ・ペレイラを消しながらマルキーニョスにアタックすることでパスミスを誘発し、引っ掛けたクロースを起点にショートカウンターを発動。最後はベンゼマが枠すれすれのミドルシュートを放った。

24分、レアル・マドリーのハイプレスの図解

……

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UEFAチャンピオンズリーグパリ・サンジェルマンレビュー

Profile

きのけい

本名は木下慶悟。2000年生まれ、埼玉県さいたま市出身。東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻所属。3シーズンア式蹴球部(サッカー部)のテクニカルスタッフを務め、2023シーズンにエリース東京FCのテクニカルコーチに就任。大学院でのサッカーをテーマにした研究活動やコーチ業の傍ら、趣味でレアル・マドリーの分析を発信している。プレーヤー時代のポジションはCBで、好きな選手はセルヒオ・ラモス。Twitter: @keigo_ashiki

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