戦術ヒストリア:2017-18 ナポリ×マウリツィオ・サッリ
2015-16 からサッリがナポリで作り上げた“世界一美しいサッカー”。その3年間で2011-12 からセリエA王者に君臨するユベントスに肉薄し、特別なタレントがいなくても、グアルディオラに率いられなくても、ボール保持による試合支配と結果の両立が可能だと証明した歴史的なチームを、『アナリシス・アイ』の著者で人気ブロガーのらいかーると氏が振り返る。
※『フットボリスタ第88号』より掲載
2008-09シーズンにペップ・グアルディオラがバルセロナの監督になって、この世界の価値観は一変した。グアルディオラの偉業は、ボール保持による試合支配と結果を両立させたことだろう。ボールとともにプレーするそのスタイルは、世界中を魅了することになった。もちろん、試合に勝つためには相手にボールを持たせ、プレッシングで相手のボール保持を破壊し、相手の配置が整う前にゴールに殺到するのも作戦の一つであることを否定するつもりはない。しかし、ボールとともにプレーするバルセロナの魅力に多くの人が抗えなかったのは、世界中がバルセロナに染まったことからも明らかだった。
バルセロナだからこそ、そのスタイルを実現できたという声は大きかった。だが、その後のグアルディオラはバイエルンでもマンチェスター・シティでも同じようなスタイルで自分の思想が通用することを証明している。ただし、それぞれの場所はビッグクラブであり、選手の質も普通のクラブと比較すれば高いことは言うまでもない。言い換えれば、選手の質がボール保持による試合支配と結果を両立させたのだろうと、多くの人は考えていた。
スワンジー、ラジョという歴史的な転換点
ボール保持による試合支配は、選手の質が必要条件なのだろうか。グアルディオラの成し遂げたことを多くのチームがそれぞれの場所でチャレンジしていった。そして多くのチームが夢半ばで敗れ去っていった。そんな中で最初にグアルディオラ・チャレンジに成功したチームは、スワンジーだった。2011-12シーズンにプレミアリーグに参戦したブレンダン・ロジャーズ(現レスター監督)のチームが、アーセナルやシティを相手にしてもボールを保持する姿勢は、選手の質にかかわらず、ボール保持による試合支配が可能であることを全世界中に示す歴史的な転換点となった。
なお、同時期にリーガエスパニョーラでは、パコ・ヘメスに率いられたラジョ・バジェカーノがボール保持率でバルセロナ、バイエルンに続く数値を記録している。時系列で言えば、グアルディオラの登場によってボール保持による試合支配が提示された。その再現に最初に成功したのは野心のある監督を登用した2部から昇格したチームたちであった。彼らの勇敢なチャレンジがビッグクラブにも波及していき、マウリツィオ・サッリ(現ラツィオ監督)のナポリが誕生する流れとなっている。ボールを繋ぐリスクを受け入れないことが一番のリスクになっているんだと、多くのチームが考えるきっかけが世界中で生まれていった時代だった。実際に多くの国でスワンジーやラジョほどではないが、ボール保持を取り入れるチームが増えていった。
2015-16シーズンになると、サッリがナポリの監督に就任する。スワンジーやラジョに比べれば選手の質は高い。だが、バルセロナやバイエルンのように個で試合を壊せるようなアタッカーはいない。しかし、サッリ・ナポリはそのサッカーの素晴らしさとスクデットに肉薄した結果も相まって、世界中を席巻することとなる。グアルディオラに率いられなくても、ボールを保持できるし、試合に勝つことだってできることを証明したサッリは、その後にチェルシーやユベントスを指揮する運命を自ら手に入れていった。
スワンジーやラジョ、そしてナポリが証明したのは、リオネル・メッシやシャビ、アンドレス・イニエスタやセルヒオ・ブスケッツがいなくてもボールを保持することができるということだ。つまり、選手の質を理由にこのチームではボールを保持するサッカーができないという言い訳が、まったく機能しなくなった。実際に現代ではボールを保持しようとすれば、どのような格のチームでもボール保持が可能な時代となっている。
繰り返されるバックパスからの前進
……
Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』(小学館)。