2022年、ユリアン・ナーゲルスマン率いるバイエルンの戦いは黒星で幕を開けた。今季1分1敗だったボルシアMGでホームで敗戦。主力の離脱もあり暗雲が立ち込めたかと思われたが、そこはナーゲルスマン。緊急事態を受けて守りに入るのではなく、披露したのは文字通り「攻め」の采配だった。攻撃的な人選と、それを機能させた「偽CB」「偽リベロ」の仕組みを紐解く。
ユリアン・ナーゲルスマンという戦術家の手にかかれば、ピンチすらも進化のチャンスにできるのかもしれない。
1月中旬、バイエルンはアルフォンソ・デイビスが新型コロナ感染後の心筋炎のために数週間離脱することを発表。離脱期間はそれ以上に延びる可能性もある。
影響は小さくない。デイビスは「非対称可変システム」のキーマンだからだ。
今季、ナーゲルスマンはバイエルンの監督に就任すると、守備時[4-2-3-1]・攻撃時[3-2-4-1]という「非対称可変システム」を導入した。
デイビスは守備時は左SBとして4バックの一員になり、攻撃になると前線に上がって左ウイングになる。この21歳のカナダ代表がいるからこそのシステムと言えた。
タイミングが悪いことに、代役になり得るリュカ・エルナンデスも1月上旬に新型コロナ感染で離脱。気鋭の若手監督といってもウイルスの猛威には勝てない。
ナーゲルスマンは緊急プランとして、1月7日のボルシアMG戦と同15日のケルン戦で、マルセル・ザビツァーを左SBに起用。しかし本職ではないためにパスミスが目立ち、ボルシアMG戦では敗因の1つになってしまった。
2月中旬にはCLラウンド16第1レグのザルツブルク戦が控えている。デイビスなしでも機能する新たな形を見つける必要があった。
ナーゲルスマンが出した答えは、超攻撃的なものだった。
クロスの守備に課題がある中での攻撃的起用
1月23日、今年3試合目のヘルタ・ベルリン戦において、ナーゲルスマンは左右対称の[3-1-5-1]を採用した。基本的に守備時と攻撃時で陣形が変わらない、紙の上ではオーソドックスなシステムである。
だが「人選」が超攻撃的だった。左ウイングバックにキングスレー・コマン、右ウイングバックにセルジュ・ニャブリを起用し、両サイドにアタッカータイプを配置したのだ。大袈裟に言えば「ノーサイドバック戦術」である。
先発メンバーを書くと、3バックは左からリュカ・エルナンデス、ニクラス・ジューレ、バンジャマン・パバール。アンカーにヨシュア・キミッヒ。2列目は左からコマン、レロイ・サネ、コランタン・トリッソ、トーマス・ミュラー、ニャブリ。そしてCFにロベルト・レバンドフスキ(リュカはこのヘルタ戦で復帰した)。
トリッソは上下動するため[3-4-2-1]とも言えるが、ナーゲルスマン自身が「トリッソは攻撃で10番になる」と説明したのでここでは[3-1-5-1]と表記しよう。とにかく実験的布陣であることは間違いない。
試合後、ミュラーはこう本音を明かした。
「今日のピッチには、攻撃的な選手がたくさんいた。コマンとニャブリという攻撃的なウイングバックの組み合わせが機能するかは、誰にもわからなかった」
ミュラーが心配したのも当然だろう。今季のバイエルンはサイドを破られて失点することが多いからだ。前半戦はクロスから6失点も喫し、これはブンデスリーガで16番目に悪い。ボルシアMG戦の1失点目も、まさにクロスからだった。普通の監督であれば、サイドに守備的な選手を置くことを考えるだろう。
しかし、ナーゲルスマンの発想が普通と同じわけがない。あえて両サイドに攻撃的タイプを置いた。
結論から書くと、この新布陣はすさまじい攻撃を生み出すことになる。
支配率70%でヘルタを蹂躙し、1-4で圧倒。1失点は終盤に出場したウパメカノの不用意なバックパスによるものだ。バイエルンにとって今季最多となる30本のシュートを放ち、枠内シュート19本はブンデスリーガ新記録になった。
代わる代わる前に出る「ローテーション3バック」
従来の「非対称可変システム」といったい何が違ったのだろう? 新たなキーマンになったのが3バックの3人だ。……
Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。