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女子アジアカップ決勝トーナメント進出を決めた新生なでしこジャパン、 GSの戦いで見えてきた「目指す形」と「改善点」を読み解く

2022.01.29

2022 AFC女子アジアカップ GSレビュー&決勝トーナメントプレビュー

アジアの頂点を目指し、『DAZN』で独占配信中の2022 AFC女子アジアカップに参戦しているなでしこジャパン。グループステージを2勝1分としグループ首位通過を決めた彼女たちの戦いぶりからあらためて明らかになった、池田太監督率いるチームの目指す方向性と戦いの中で直面した課題について、山口遼氏に分析してもらった。

 グループステージの3試合を終え、なでしこジャパンはミャンマー、ベトナムに勝利し、最終戦の韓国に引き分け首位通過を果たした。韓国相手には開始早々に先制点を奪ったにもかかわらず試合終了間際に同点ゴールを許してしまい勝ち点3を逃したものの、グループステージ首位通過という結果は彼女たちにとって狙い通りだろう。これにより、今大会最大のライバルであるオーストラリアと決勝トーナメント1回戦で直接対決することを避けられ、その代わりに韓国とオーストラリアをぶつけることに成功した。さらに、なでしこは初戦のタイに勝てば来年のW杯出場が決まる。首位通過を果たしたことはこのアジアカップ制覇へ向けても、W杯出場権獲得へ向けても非常に大きな意味を持つと言える。

 ここまで書いてきたように結果については最高に近いものだったが、今後のなでしこジャパンのパフォーマンスを占う上で、内容やプロセスについてもきちんと分析しておく必要があるだろう。W杯出場権にグッと近付いた今、アジアカップでの優勝争いやその先にあるW杯本大会での活躍を見据える余裕が生まれたと同時に、それこそが彼女たちの掲げる目標だからだ。そこで今回は、グループステージを通じてのなでしこジャパンのパフォーマンスについてレビューを行っていきたい。

まずまず機能したプレッシング

 前回の記事で、池田太監督は対ヨーロッパ、対ポジショナルプレーを意識してかプレッシングを重視しようとしていることに触れた。これについては、グループステージ3試合を通して機能していたと言えるだろう。

 開幕前の大会プレビューでは、アジアで対戦する各国は力の差を踏まえてそこまで地上戦でボールを前進させることにこだわらないのではないか、そのため対ポジショナルプレーを意識しているように見えるプレッシングは、その局面自体があまり現れないのではないかと予想していた。しかし蓋を開けてみれば、アジアのチームはフィジカルやキック力にさほど長けていないからかショートパスで攻撃を構築しようとすることが多く、日本のプレッシングの場面が思った以上に試合の中で見られた。相手のビルドアップを引っかけて前向きでボールを奪いそのまま決定機に繋げたシーンも多く見られ、池田監督の目指すサッカーのスタイルは表現できていたと言える。

 だが、これは決勝トーナメントやW杯本戦でも同じように機能することを保証するわけではないだろう。グループステージで戦った国々はそれぞれパスを繋ごうとするものの、プレーの方向をすぐに限定される、スペースと選択肢を制限されると露骨にプレーの精度が落ちる、配置のバランスも良くないと、ビルドアップの完成度は非常に低かったと言える。実際、3カ国の中では圧倒的に個のスキルも配置のバランスも優れていた韓国に対しては、ファーストDFの距離が遠いために選択肢やスペースを制限し切れず、ズルズルとゴール前までボールを運ばれる場面も目についた。これは大会プレビューでも述べた通りである。ボールを奪うためにはファーストDFの目的地をボールホルダーの持つボールに設定し、より奪いにいく姿勢を見せなければチームの目標である「奪い切る」ことは実現できないだろう。

 さらに、ファーストDFの寄せが甘いことも影響してか、ファーストDF自体は決定しているにもかかわらず中盤以下の選手の押し上げが足りないように感じた。そのため、相手のバックパスなど本来ハイプレスのスイッチとなり、相手の配置に対してマンツーマン気味に噛み合わせにいく場面でも前線の人数が足りず、ゾーンによるミドルプレスのかけ方のままになってしまっていた。こちらについてもすでに大会前から指摘していた通りであり、改善されている様子があまり見られなかったのは残念だ。

ボールホルダーへの寄せが甘い時と寄せ切れている場合の比較。寄せ切れていないと選択肢を制限できず、後方の選手の守り方も難しくなる

 より組織として配置のバランスを保ちながらプレーし、個人のスキルやフィジカルにもオーストラリアや優れるヨーロッパ諸国などにどれほどこのプレッシングが通用するのか、現段階では未知数と言わざるを得ない。

やはり課題として表出したビルドアップと崩し

 とはいえ、日本や韓国、オーストラリアといったアジアの強国とその他のアジア諸国のレベル差はやはり非常に大きく、日本はグループステージを通じてかなり相手チームからリスペクトを受けた。ミャンマーやベトナムはもちろん、韓国でさえ前半の間はプレスをほとんどかけず、自陣に引いてブロックを構築していた。

 そのため、攻撃の面では日本はほとんど苦労せずボールを前進させることができ、相手陣地に押し込んで崩しの機会をうかがう展開が基本となった。これについてもおおよそ大会前の予想通りであるが、ここまで簡単にボールを保持する、前進させることができるとまでは予想していなかった。

 ゆえに、焦点の1つになると思っていたビルドアップの課題に関しては、3試合を通じてあまり表出していなかった。ただその中でも、少し難しい状況を作られた時に思った以上に個々の選手の判断や経験の差が出ていたように感じるのは懸念点だ。

 さすがだったのは熊谷紗希。ヨーロッパのトップレベルでプレーする選手らしく、フリーならば運ぶドリブルで相手FWのラインをきっちり越えることで、相手の中盤を押し込みつつプレスラインを切ってボランチにボールを届けていた。しかもこの時、プレーの方向としても安易にSBなどにパスを出さずにより選択肢の多い中央を選んでプレーできていたので、彼女の次のプレーがスムーズだった印象だ。

熊谷の持ち運びからの展開の一例

 翻って、課題を感じさせたのは左SBで2試合に出場した三宅史織やボランチの猶本光、長野風花や隅田凜といった選手たちだ。左SBの三宅についてはプレッシャーを受けるとプレーの方向をサイドに向ける傾向があり、相手のプレスの呼び水になってしまう傾向があった。フリーの時には中央のボランチやライン間に位置する選手に積極的にパスを供給できているので、プレッシャーが強まった時でも中央から選択する勇気や、運ぶドリブルでパスコースを作り出す動きが見られると良いだろう。

 ボランチの選手は、猶本がアンカー気味に入りもう1人はライン間や相手の中盤ラインの手前で受け手になることが多かったが、出し手としても受け手としても相手を引きつけるようなプレーができていないのが痛い。猶本は慌ててワンタッチでパスを回そうとしてミスになるような場面が少ないのはさすがだが、ゆっくりとボールを持って相手の視線を引きつけた後に、もう少し攻撃を加速させるようなプレーを見せられるとより有効だろう。

ボランチがボールの受け手にならないと、ビルドアップの選択肢が制限されてしまう

 同じように、受け手に入る長野や隅田も、相手の中盤を引きつけながらドリブルやパスでラインを越えるような効果的なプレーは少なかった。相手を背負うような立ち位置が多いので、どうしても後ろ向きの落としや難易度の高いフリックが多くなってしまっていた。また、相手にプレスをかけられた際、すなわちプレス回避の局面において受け手になれない悪癖は今大会ボランチ全体として残っているので、ここに関しても修正が必要だろう。

 池田監督は明らかに、配置に関してはある程度再現性のある形を持っているように見えるので、残る課題は選手の個人戦術的な部分のウェイトが大きいようにも感じる。練習時間がほとんど取れない代表監督に個人戦術の改善まで求められるのは酷な話であり、足下の技術は軒並み高いにもかかわらず戦術的な課題が代表選手に多く見られるのは、クラブレベルや育成年代の指導など、もう少し規模が大きく根が深い問題が関係しているのかもしれない。

ミャンマー、ベトナム戦の大量得点と韓国戦から見る崩しの特徴と課題

 相手が引いて守る展開が多くなったことで、ビルドアップ以上に課題が表出したのが崩しの局面だ。大会プレビューでもDFラインの裏や奥を取る動きの少なさについては述べたが、相手が引いて守りスペースが失われたことでその傾向はより顕著になった。

 それでもミャンマーやベトナムに対しては大量得点できていたが、これはむしろこの2カ国の守備がブロック守備としてはやや破綻していたことが大きい。この2カ国のブロック守備における致命的な共通点として、CBが簡単に食いつくことと、そのスペースを残りのDFラインの選手がカバーしないことにある。これによって中央の最も危険な(日本からすれば最もおいしい)スペースがガラ空きになるので、長谷川唯などはそのスペースを見事に利用してフリーでゴールを決める場面が見られた。

GS初戦ミャンマー戦のハイライト動画
ミャンマー戦の日本の2点目のシーンの図解。韓国のCB間の距離が空き生じたスペースを突く形でゴールへと繋がった
GS2戦目ベトナム戦のハイライト動画

 韓国に関しても、試合開始直後の日本の先制シーンに限っては同様の現象が起きており、これを植木理子が見事に利用した形だ。すなわち、これらの得点は相手がブロック守備のセオリーから外れ、最も危険なスペースを大きく開けてくれたおかげで生まれたものであり、もう少しレベルが上がればほとんど起こり得ない現象だと言って良い。

GS3戦目韓国戦のハイライト動画

 事実、先制された後の韓国は前半の間、引き過ぎていて日本のボールホルダーはほぼ完全にフリーだったが、にもかかわらずゴール前のスペースを消されると、ほとんど有効な形でフィニッシュの場面を作れなかった。ヨーロッパのトップレベルなどでは、このようにゴール前のスペースを消すことに加えてボールホルダーに対してもある程度の制限をかけるだけのフィジカルや戦術的構造を備えているので、今後崩しに関しては今以上に苦しくなるのは間違いない。

陣形をコンパクトに保つ相手に対し、奥のスペースを突くアクションが少ないと攻めあぐんでしまう

 今季の世界No.1チームと言っていいバルセロナ・フェミニをあらためて例に出せば、彼女たちは安定したボール保持に加えてDFラインの奥を突く動きの頻度が圧倒的に高く、実際にそのようなアクションが多くゴールに結びついている。

バルセロナ・フェメニ対アトレティコ・マドリー・フェメニーノのハイライト動画

 これは戦術的な側面だけでなく、フィジカル的な課題も浮き彫りにする。バルセロナ・フェミニの選手となでしこジャパンを比較していて気付くのは、奥を突くアクションを支えるスプリント力や、無理な体勢からでも鋭いクロスやシュートを繰り出すキックの質についての差である。先天的な差があるのは間違いないだろうが、後天的な部分、すなわちトレーニングで改善できる部分に関しても差がある可能性は高い。

 それは、ここ数年でヨーロッパ諸国の選手のコーディネーションが目に見えて高まったことからも、彼女たちがトレーニングを通じて質の高い動作を獲得していることが予測できるからだ。もちろんスキルや戦術の面でもより成長していく必要性はあるが、もしかしたら今後世界的なタイトルを目指す上で最も大きな壁になるのはフィジカルかもしれない。それほどまでにこのアジアカップとヨーロッパトップレベルの大会を比較した時のフィジカルスタンダードの差は大きく見える。

決勝トーナメント展望

 前回の大会プレビューに引き続き、今回も厳しい指摘が多くなってしまったが、それほどアジアと世界、特に近年急激にレベルアップしているヨーロッパのレベルは乖離しつつある。だからこそ、ミャンマーやベトナムに危なげなく勝利したことは及第点とは言えるものの、やはり目を向けるべきはこの先にある真の目標を見据えた時の課題であろう。そのような意味では、韓国相手に試合開始早々に先制しながらもその後は煮え切らないパフォーマンスに終始したことは、この先のことを考えると看過できない。なぜなら、韓国に対して苦戦したことは決して偶然ではなく、ここまで述べてきたような明確な原因があるからだ。

 大会プレビューでも述べたように、決勝トーナメントを勝ち進んでいくと決勝で当たる可能性が高いオーストラリア(韓国の可能性もあるが)との対戦は、対ヨーロッパを見据える上では韓国との対戦以上に重要になる。ここまで見てきたような強みになり切れてないハイプレスや、強豪相手にはアキレス腱になりかねないビルドアップや崩しなど、それぞれが現時点でどの程度通用するのかを見極める良い機会だ。

 まずはオーストラリアと対戦するためにも、そしてそれ以上にW杯出場権をしっかりと確保するためにも、当然ながら決勝トーナメント1回戦のタイ戦が重要なのは間違いない。このような一発勝負のトーナメントでは、たとえ相手がやや格下でも難しい試合になることは珍しくないため、苦戦する可能性もあるだろう。しかし、本当に重要な評価の指標になるのはその先に待っているオーストラリア戦なのだ。そのような意味では、タイにしっかりと勝利し、W杯の出場権獲得をすること、およびオーストラリアあるいは韓国と対戦する可能性が高い決勝戦まで危なげなくたどり着くことこそが、このアジアカップにおけるノルマと言えるだろう。

2022 AFC女子アジアカップ

DAZNで独占配信!

準々決勝 日本 vs タイ

1月30日(日) 16:45 配信開始、17:00キックオフ 
解説:岩清水梓、中村憲剛 実況:小松正英氏

【大会関連オリジナルコンテンツ】

『DAZN初解説 澤穂希が語るAFC女子アジアカップ兼FIFA女子W杯予選』

『澤穂希 × 中村憲剛 ROAD TO WORLD CUP スペシャル対談』

『熊谷紗希 × 岩渕真奈 AFC女子アジアカップ開幕直前 特別インタビュー』

『スペシャルインタビュー:熊谷紗希』

その他大会関連コンテンツ

7 DESHIKO Q

『記憶に残る試合 -The Most Memorable Match-』

『なでしこ選手紹介 -BIOGRAPHY-』

Photo: Reuters/AFLO

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なでしこジャパン女子アジアカップ戦術

Profile

山口 遼

1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd

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