【山田塾× footballista】メッシ電撃移籍から見えてくる 欧州フットボールのファイナンス構造と課題
外資系プライベート・エクイティファームで活躍した後、現在はスタートアップのCFOとして従事しつつスポーツ関連事業の支援にも関わる山田聡氏が主宰する「山田塾」。難しくて硬いイメージのあるファイナンスを、大好きなスポーツを通じてフランクに楽しく学び合うことを目的とした同塾にて、シティ・フットボール・ジャパン(CFJ)代表の利重孝夫氏をゲストに招いたスピンオフ講義が開催された。欧州フットボールクラブのビジネスシーンを肌で知る利重氏が、前STVV CFOで現在はACA Football Partners CFOの飯塚晃央氏とこの夏世界を驚愕させたメッシ移籍、それにより浮き彫りとなった欧州フットボールのビジネス面での課題について語った講義の模様をお届けする。(開催日:2021年9月10日)
※『フットボリスタ第87号』より掲載
『山田塾』
スポーツの熱狂をビジネスから紐解くをテーマに、スポーツファイナンスを実践的に学ぶ塾である。講師陣にはMBAの最高峰ペンシルバニア大学ウォートン校卒業生で現スタートアップCFOの山田聡など、ファイナンスの最前線で活躍するメンバーが集結。ベーシックな会計知識から専門的な見識を共有し、世界で戦えるファイナンス人材の育成を目指している。
メッシ騒動から見えたクラブの窮状とリーグビジネスの利益相反
飯塚 「最初に、メッシ騒動の時系列を振り返っていきたいと思います。2021年の4月に欧州スーパーリーグ(ESL)構想が頓挫する事件があり、EURO2020やコパ・アメリカ開催中の6月末にメッシがひっそりと自由契約になるという事件が起きていました。そして、7月にコパ・アメリカを終えたメッシがスペインへ帰国した後にバルセロナと再契約するのではないかという報道がされていた中で、8月5日にバルセロナ退団という衝撃的な発表がありました。この際、バルセロナはCVCの投資受け入れに反対したことが明らかになっています。それから3日後の8月8日にメッシ涙の退団会見があり、さらに2日後にはパリ・サンジェルマンへの移籍合意という流れです。そして8月16日に、バルセロナのラポルタ会長から本件についての経緯やバルトメウ前政権の放漫経営に関しての情報開示がありました。利重さんは一連のメッシ騒動をどのように見ていらっしゃいましたか?」
利重 「footballistaでも新たな展開が生まれるごとに関連記事を出していましたが、いろいろと紆余曲折はあるけれども、最終的にはバルサでプレーを続けるのだろうと見ていました。ただ、バルサの長い歴史の中で、前会長に限らず財政的には滅茶苦茶な政権がほとんどでしたので、その重篤さ次第ではかなり超法規的な対応にならざるを得ないのかなと。会見自体もバルサ側の仕掛けというか、リーグへプレッシャーを与える意図も感じられたので、ほどなくPSGへの入団会見が行われた際はまさか! と呆気に取られた感はありましたね」
飯塚 「私も『バルセロナの駆け引きの一部ではないか』という記事を読んでいましたので、あっさりとメッシが移籍してしまいバルセロナが白旗を挙げる格好になったことにはかなり驚きました。こうなってしまった要因としてどのようなことが考えられますか?」
利重 「外から見える部分だけでは、さもあっさりギブアップしてしまったようにも見えますが、クラブとリーグ、そして選手間で相当なやり取りがあったのだと思います。根っこのところでESLをめぐる騒動の原因にもなったクラブの経済的困窮がありますが、結局メッシがクラブを離れPSGに行かざるを得なかったほど、バルサにとっては深刻かつ病巣が深かったということですね」
飯塚 「ESL構想に関しては最後の方のトピックに出てくるので、そこであらためて話したいと思います。このメッシ騒動のポイントはやはりバルセロナの財政悪化だと思いますが、これについてはメディアに出ている情報を中心として資料にまとめさせていただきました。2020-21の決算はまだ出ていませんが前年比で売上が1億7900万ユーロ(約233億円)のマイナスと予測されていて、この時点で選手人件費が売上高の115%になってしまうと報道されています(編注:2021年9月16日に発表された決算報告で、2020-21の年度決算は4億8100万ユーロの損失であったことが明らかとなった)。ここまで悪化してしまった要因はどういったものでしょうか?」
利重 「リーグの制度設計上、(アメリカプロスポーツのクローズド型と対比される)オープン型でヨーロッパサッカーは行われますが、特にバルサのようなビッグクラブでは、ルールが許す限り強化費をつぎ込んでとにかく勝つ確率を上げることが求められがちです。さらに、この5年10年はヨーロッパのサッカー業界全体の景気が大変良く、売上もずっと右肩上がりだったこともあり、例えば移籍金がネイマールの2億2200万ユーロ(約287億円)を筆頭に際限なく高騰するなど、トップレベルの選手獲得に関してはチキンレースの様相を呈していました。その中でも、ソシオ制度でクラブが成立しているバルサとレアル・マドリーには多分に人気投票となりがちな会長選挙があるため、ソシオからの支持を得て選挙で勝利するため目先の勝利に繋がる補強がより優先される傾向が見られます。その行き過ぎた人気取りに起因した財政基盤の不安定化が、特に前政権に関しては顕著に表れてしまったのかなと思います。
そこにコロナ禍が降りかかり、青天井と思われた事業の成長が止まり、急ブレーキどころか坂道を転げ落ちるように売り上げが激減しました。スタジアム収入だけではなくテレビ放映権、スポンサー収入などすべての項目でマイナスとなり、高額な人件費を吸収し切れなくなってしまったわけですね」
飯塚 「一方で、ラ・リーガへのCVCの投資案、総額27億ユーロ(約3510億円)をラ・リーガに投資する代わりに、CVCはラ・リーガの放映権収入の11%を50年間にわたって得るという投資が合意されたわけですが、バルセロナはこれを拒否しています。CVC案を拒否してまで、メッシではなくクラブを存続させる方を選んだことに関してはどう思われますか?」
利重「リーグとクラブは、基本的にお互いが存在しないと成り立たないビジネスパートナーの関係にあり、それはクラブ同士についても同様です。その中で、リーグの制度設計をめぐってリーグとクラブ、あるいはクラブとクラブ、特にビッグクラブとそれ以外のクラブの間で利益相反が生じるケースが見受けられます。バルサとレアルは、ピッチ上では永遠のライバル、仇敵同士ですが、事業という側面から見ると利害関係が非常に似通ったビジネスパートナーの関係なんですね。
プレミアリーグとなるとビッグクラブが6つくらいありますが、ラ・リーガの場合は2つのビッグクラブが際立っていて、以前の日本のプロ野球における巨人が放映権料の柱となっていた時に近い構造です。ですから今回のCVCのケースでは、レアル同様バルサでもESL構想に関してまだ終戦とはしておらず、今後どこかのタイミングで風向きさえ変われば再度チャレンジしたいと考えている節があるため、巨額のローンと引き換えに11%とはいえ50年間におよぶ放映権料を差し出したり、リーグ設計に口出しされてしまうと言うのは決して受けられる話ではなかったのかなと思います」
飯塚 「ラ・リーガと言うとバルセロナとレアルの2大ビッグクラブがリーグよりも力が強い状態が昔から続いていましたが、リーグがビジネスとしての主導権を取り戻そうとする流れが出てきたのかなと。放映権のリーグ管理、リーグのグローバル化の文脈から、今回のコロナ禍を受けて、CVCの投資案によりリーグ主体でビジネスを動かしていこうという意識が出てきたのかなとも思います。この件についてはラ・リーガ自体からもきっぱりと、ルールにのっとってくれとバルセロナに突きつけたという意味でも象徴的な事件だったと思います」
利重「それは間違いないと思います。チャンピオンズリーグをめぐるUEFAとビッグクラブと同じような構造ですね。お互い持ちつ持たれつだけれども、全体のパイをどうやって広げていくのか?どのようなロジックで売上の分配をしていくのか? については必ずコンフリクトが出てきます。今までは何とかお互いの妥協点を見出してこれたのが、遂に今回は着地点に至らなかったがゆえのESL構想であり、メッシの移籍だと思っています」
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