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サレルニターナ売却騒動の顛末。セリエA登録抹消危機からの逆転劇、救世主を演じた新オーナーに迫る

2022.01.15

CALCIOおもてうらWEB版

ホットなニュースを題材に、イタリア在住ジャーナリストの片野道郎が複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く本誌人気連載「CALCIOおもてうら」のWEB出張版。今回は、昨年末に駆け込みで決着がついたサレルニターナの保有者問題をピックアップ。ドタバタ劇の舞台裏で絡み合った新旧オーナーとFIGCの思惑を読む。

 2021年も本当に押し迫った12月31日深夜、かねてからクラブが事実上の「競売」にかけられており、この日がその最終期限だったセリエA・USサレルニターナの売却がようやく確定した。

 新オーナーとなったのは、地元カンパーニア州出身の43歳ダニーロ・イエルボリーノ。2006年に28歳の若さで完全オンラインの通信制大学『ウニペガソ』を設立し、その後10数年でイタリア全国に60拠点、学生30万人という規模にまで成長させた新鋭の敏腕実業家である。

https://www.instagram.com/p/CYrjh2ur0KR/
13日に行われた新オーナー発表会見でのイエルボリーノ。自身の名前が入ったユニフォームを掲げ、写真撮影に応じている

 これによって、もしこのデッドラインまでに売却先が決まらなかった場合に起こるはずだった「最悪の結末」、すなわちサレルニターナのセリエA登録抹消と19チームによるリーグ戦継続という不名誉かつアブノーマルな事態は、どうにか回避された。

 そもそも、サレルニターナはなぜシーズンの真っただ中に「クラブ売却か登録抹消か」という異常な状況に直面しなければならなかったのか。

リーズ会長からのオファー拒否で「延長戦」に突入

 その大元にあるのは、サレルニターナが昨シーズンのセリエBを2位で終えて23年ぶりのA昇格を果たした時点で、クラブがラツィオのクラウディオ・ロティート会長による実質的な「二重保有」の状態に置かれていたこと。

 これが昨春のA昇格決定に伴って、「同一オーナーによる複数クラブ保有の禁止」というルールに抵触する結果となり、イタリアサッカー連盟(FIGC)によって経営権の売却を義務づけられた経緯は、昨年6月のこの記事で詳しく解説した通り。

 その時点では、6月25日までに売却先が見つからなかった場合、原則としてサレルニターナのセリエA登録は認められないとされていた。しかしギリギリになって、「クラブの経営権を公正な第三者に信託し、その受託者が定められた期限までに売却を行う」という救済措置がFIGCに認められ、2021年内の売却成立を条件としてセリエAへの登録が認められたという経緯があった。

 ロティートの下には、6月25日の期限までにいくつかの買収オファーが届いていたが、提示された買収額はいずれも、ロティートがつけた8000万ユーロという値札には遠く及ばない数字だったとされる。

 しかし、この値札自体が法外に高い金額であることは、規模的にほぼ変わらない同じセリエAのスペツィアが昨年2月、アメリカ資本となった時の買収額がおよそ2500万ユーロ(推定)だったという事実を見ても明らかだ。

 当時の報道によれば、この時点でロティートが手にしていたオファーの中には、プレミアリーグのリーズを保有するイタリア人実業家アンドレア・ラドリッツァーニからのそれも含まれており、提示された買収額は3500万ユーロ前後だったとされる。

 それ以外の条件については明らかになっていないため、オファーが総合的に見て妥当なものだったかを判断することはできない。しかし提示された買収額に話を限れば、(法外に高い)希望額を大きく下回るとはいえ、「相場」から考えればそれなりの妥当性を持った数字だったようにも見える。最終的な結末を踏まえた「後出しジャンケン」を承知で言えば、ここで妥協するのも「損切り」のタイミングとしては悪くなかったように思えるが……。

 もちろん、当事者には当事者なりの、外部からは計り知れない事情があったのだろう。売り手が差し迫った状況にある時に、買い手がその足下を見て少しでも安く買い叩こうと振る舞うのは当然であり、彼の下に届いていたオファーがすべてその手のものだった可能性も否定できない。 

 結局ロティートは、希望額を大きく下回るオファーに応じるよりも、クラブの売却を中立的な第三者機関としての信託組織に委ねることで、売却期限を12月31日まで6カ月間先延ばしすることを選んだ。

 その真意がどこにあったのかを推測することは難しい。より有利な条件を提示してくれる買い手が現れる可能性を模索したかったのか、何らかの形で自らの息の掛かった買い手に売りたかったのか、はたまた粘れる限りギリギリまで粘って「ゴネ得」的な形で自らにより有利な状況(売却期限のさらなる先延ばし、環境変化による評価額の上昇、B降格による経営権の回復などなど)が生まれる偶然に賭けたのか……。

 いずれにしても最終的には、ローマに本社を置く中立的な2つの信託会社を信託先とするというロティートの提示案がFIGCに受け入れられたことで、経営権売却にはあと6カ月の猶予期間が与えられることになった。もちろんこの時点でロティート、そしてその傀儡としてクラブの会長を務めていた義弟のマルコ・メッザローマは、サレルニターナに対する一切の影響力を失い、売却の成立を待つだけの立場になった。

ラツィオの経営を立て直した辣腕の持ち主でありながら、その強硬姿勢で物議を醸すことも少なくない名物会長ロティート。写真は昨年11月、本拠スタディオ・オリンピコで開かれた記者会見にて

デッドライン2日前になっても売却のメド立たず

 しかし、その信託先による経営権売却も順調には進まなかった。当初設定された9月30日の期限までに届いた数件のオファーはいずれも、中立性、買収資金の支払い能力を含む信用保証、保証金(提示額の5%にあたるキャッシュ)の供託といった最低条件をクリアしていないとして却下されたからだ。……

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サレルニターナ経営

Profile

片野 道郎

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。

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