【STVV立石敬之CEOインタビュー】MCOの総本山、ベルギーリーグから見た欧州サッカーの実情と日本サッカーの現実
シティ・フットボール・グループに買収されたロンメル(ベルギー2部)を筆頭に、ベルギーリーグのクラブがプレミアリーグを中心とした海外資本の傘下クラブとなる動きが急速に進んでいる。その最前線で戦うシント=トロイデンVV(STVV)の立石敬之CEOにマルチクラブ・オーナーシップ(MCO)の最新事情を聞いた(取材日:2021年9月9日)。
『フットボリスタ第87号』より掲載
ベルギーリーグが狙われる理由
── まず、近年のマルチクラブ・オーナーシップ(MCO)の流行や海外資本の流入の背景について、立石さんのお考えを聞きたいです。ベルギーリーグはその中心地ですよね。
「そういった傾向が近年加速している背景は、大きく分けて2つの目的が見られます。1つは投資家、インベスターと呼ばれる方々が選手の移籍金売買のための投資をしているケース、つまりビジネス的な経営です。もう1つは、頂点となるクラブで活躍させたい選手を育てるため他のクラブを保有・提携するケース。ご存知の通り、将来有望な選手を若いうちから獲得する流れ、いわゆる青田買いがここ10年くらいすごい勢いで進んでいます。日本のみなさんにわかりやすい例は、久保建英ですね。こういった青田買いを行う大きなクラブは、もう11~12歳のような年齢から選手を自国へ連れてきて自分たちのメソッドで育てるんです。なぜなら、活躍した選手に移籍金を出して獲得する場合と、早めに動いて活躍する前の若い選手を保有下に置いておく場合では、当然投資の金額もかなり違いますから。もう1つ、クラブライセンスやFFP(ファイナンシャル・フェアプレー)も要因になっています。グループ下のクラブに財政的な負担も少し背負ってもらって、グループ内で分散させていく意図です」
── ウディネーゼを運営するポッツォ・ファミリーなど複数クラブを保有して選手をシェアするグループ戦略は過去もありましたが、ここ数年で急激に加速してきています。
「そうですね。ここ数年加速した背景には、FIFAが2021-22シーズンから22歳以上の選手のレンタル移籍の人数制限を設ける予定だったということがあります。結局このルールの実施は延期になりましたが、近年レンタル選手を制限する流れがFIFAやUEFAサイドにできつつあります。そうなると、今までのようにたくさん若い選手を買ってローンでどんどん出して、ということができなくなる。それこそレアル・マドリーなんかは50人ぐらい選手をローンで出していたわけですから。そんな中、シティ・フットボール・グループやレッドブル・グループに関しては、早くから複数クラブを保有する方針に舵を切っています。そうすると、例えばザルツブルクのようなグループ内のクラブに選手を移籍させておいて、最終的にはライプツィヒへ連れてくる、ということができます。レンタル移籍ではないので問題ない、という話ですね。特にレッドブル・グループが特徴的なのは、頂点となるクラブであるライプツィヒをはじめフィロソフィが統一されている点ですね。ただ、選手をプレーヤーとして成長させ自分たちのチームでプレーさせるという目的に加え、最終的にライプツィヒから外に送り出すという目的もあるのでしょう。一方、シティ・フットボール・グループの場合は、僕の感覚ではマンチェスター・シティは別でそれ以外がシティ・グループという別組織のイメージです。マンチェスター・シティだけ独立していて、自分たちの判断で選手を獲りたいと。このようにグループごとに戦略が違う部分もあり、いろんなやり方があるなと思います」
── 特にベルギーリーグのクラブがMCOで注目される理由は何でしょうか?
「1つ目の理由としては、僕たちがジュピラー・プロリーグを選んだ理由でもあるんですけれど、税制上すごく恵まれている点です。
選手の所得税の最大80%あたりがクラブに還付されるので、それは投資家にとって大きなメリットになります。2つ目の理由は、外国人枠の選手を獲得する際の最低年俸の低さです。ベルギーでは約10万ユーロ(約1300万円)で外国人選手を雇うことができます。もちろん(リーグのレベル的には)ポルトガルやオランダという選択肢もありますけど、オランダのEU枠外選手の最低年俸は40万ユーロ(約5000万円)というある程度の額が必要になります。だから、20歳の選手を獲るのにいきなり5000万円の年俸が必要という状態になるわけです。それは投資としてはリスクとリターンが見合わないという判断もあります。ポルトガルはブラジル人に関しては外国人枠に含まれませんが、他の国籍は外国人枠がハードルになるという問題があります」
── 逆に言えば、10代でオランダに移籍した菅原由勢や中村敬斗はクラブもリスクを背負った投資的な移籍だったということですよね。オランダもベルギーも外国人枠がないのは大きなメリットですが。
「ジュピラー・プロリーグに関しては、外国人枠の代わりにベンチ入り含めたメンバー18人のうち6人はベルギーで育成された選手でなくてはならない、というルールがあります。かつてはベルギー国籍を持っているか、ベルギーで教育を受けた選手という条件でしたが、現在はベルギー国籍の選手のみとなりました。これらを考えると、外国資本の投資家がセカンドチームとして保有するには良い条件がそろったリーグと言えるでしょう。あとはベルギーという国はヨーロッパの中央に位置しており、地理的な面も強みですね。西にはフランスがあり、海を渡ればイギリス、北にはオランダ、東にはドイツと、どこからでも車でアクセスできます。そういったこともあってスカウトの方々に来ていただく回数が多い。それだけステップアップの選択肢が増えてきます。それに加えて、言語ですね。ベルギーの公用語はフランス語、オランダ語、ドイツ語の3つですが、英語を使える人も多いです。なので、比較的プレミアリーグに選手が行きやすい。ベルギー代表の選手も大半がプレミアリーグでプレーしています。このようなベルギー経由プレミア行きという移籍ルートが完全に確立されていますので、プレミアの傘下クラブが多いですよね。ここ数年アメリカ資本の流入も増えていますが、まずプレミアに入り、そこからプレミアクラブの傘下クラブを通してベルギーに入ってくる、というパターンが増えています。なので、ジュピラー・プロリーグはG5(ベルギー5大クラブであるアンデルレヒト、クラブ・ブルージュ、ヘンク、ヘント、スタンダール・リエージュ)以外でいうと、もう大半が海外資本ですね」
── 確かに近年だけでも、シティ・フットボール・グループに買収されたロンメル(ベルギー2部)やレスター・シティのオーナーに買収されたルーベンなどが挙げられますね。コルトレイクを買収したのもカーディフのオーナーであるビンセント・タンでした。
「クラブの買収に関しては、日本と違って話が出るのがもう日常茶飯事なんですよ。もちろん(ベルギー1部に所属している)うちにも問い合わせはあります。先ほども言いましたが、投資家タイプか、若い選手の受け入れ先を探している青田買いタイプの2種類、クラブ買収の話は基本的にこのどちらかにはあてはまると思います」
── 実際のところ、ベルギーリーグで外国人の経営陣がクラブを運営していくということに関しては、やりやすい面などはあるのでしょうか?
「正直ベルギーリーグと一括りにするのは難しくて、地域的なものによるのかなと思います。僕の率直な感覚ですが、ベルギーは3つの国があるような感じです。フランス語、オランダ語、ドイツ語と言語によって特徴がはっきりしているし、自分たちの文化を大事にしています。例えばフランス語圏はラテン系なので、他の言語圏よりメンタリティの面ではオープンな感じはありますね。僕らがいるオランダ語圏は、しっかり自分たちのフィロソフィを持っています。ですから、日本人の働き方をそのままベルギーへ持ち込むのは難しいでしょう。やっぱり現地の人々からすると、突然アジア人がやってきてリーダーシップを発揮するという状況に慣れないこともあったと思います。日本に置き換えても私たちだってそうですよね。突然外国からオーナーとCEOがやってきて、今日から俺たちのやり方でやるって言われても、なかなか受け入れづらいところはどうしてもあるじゃないですか。海外資本への柔軟性という意味では3つの言語圏には少し差があると思います。うちに関しては、最初は少してこずった印象ですね」
「日本人ブーム」の先に目指すもの
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。