2021年シーズンをもってプロフェッショナルレフェリーとしてのキャリアに終止符を打った家本政明氏。レフェリーとして輝かしい実績を残した一方で、ファン、メディアから大きな反発を招くような試合も多く、一時期は「日本一嫌われたレフェリー」として知られる存在でもあった。
だが、そんな彼の引退に際しては、両チームの選手、観客を前にした引退セレモニーが行われただけではなく、スタンドにはサポーターからの感謝の横断幕が掲げられ、レフェリーの引退としては過去に例のないような、温かい感謝の言葉に包まれた花道が用意された。
「日本一嫌われたレフェリー」から「日本一愛されたレフェリー」へ。家本政明氏のレフェリー人生は、いかにしてこのような逆転劇を呼び込んだのか。本人に話を聞いた。
あのような美しくて感動的な世界観の中で審判人生を終えられることはまったく想定していなかったので本当に驚きましたし、両チームの選手をはじめ、ファン・サポーターの方やスタッフの方には感謝しかありません。審判卒業はこういう形で迎えられたらいいな、そうなったら最高に幸せだなという理想像のようなものは昔からありました。アニメやドラマとかだと、何だかんだありつつも、最後はみんなで笑顔で敵味方関係なく肩を組んで、ハッピーエンドを迎えるっていうのがあるじゃないですか。そういったシーンに一人の人間として憧れはありましたし、自分が主役でないとしても、関われたら最高だなという思いはありました。
なぜそういうことを思っていたかというと、クラブで約10年近く働いていたことが本当に本当に大きいですね。選手、コーチングスタッフ、クラブ関係者、ファン・サポーター、スポンサーの方ですとか行政の方も含めて、彼らの喜びとか苦しみとか願いとか、表には出せない自分の中での葛藤とか、光と影とか、そういうものを、ずっと一緒に仕事をしてきて目の当たりにしてきたところがあるので、立場や役割というものを超えて、フットボールを愛する仲間として、みんなと感動を創り出せたり共有できたらいいなって思っていたんですね。
ただ、それがレフェリーという立場でできるのかというと、そんな情景今まで見たこともないですし、誰もされたことないですし、そんなのできるわけないじゃん、だって審判だから、と多くの方が思っていたと思うんです。今までの審判界の常識って、審判は陽の当たる立場ではないし、選手と話をするのも違うな、笑顔を見せるのも違う、常に厳格で毅然とした態度であれ、といった価値観で、それはそれで十分に尊重するし理解もするのですが、本当にそれで良いのかな、それがフットボールの魅力や価値を高めることに繋がるのかな、という思いがずっとありました。あれだけ活躍した先輩たちが陽の光を浴びないまま、内々だけで「お疲れさま」って労われて、多くの方に引退することを知られることもなく、ひっそりと現役生活を終えられていく姿をずっと見てきて、僕たち審判は、本当にサッカーファミリーの一員なのかな、なんで僕たちだけこんなに蚊帳の外なのかな、これをなんとか変えたいなと。……
Profile
岡田 康宏
編集者・ライター。得意分野はサッカーとアイドル。著書・共著に「アイドルのいる暮らし」「サッカー馬鹿につける薬」「タレコミW杯」「グループアイドル進化論」など。2010年に発表された家本政明氏の著書「主審告白」の構成を担当している。