CLグループステージ6戦全勝と欧州の舞台でも強さを見せる今季のアヤックス。そんなオランダ王者に土をつけたのがAZであり、そのキーマンの1人が菅原由勢だった。今季の国内リーグ15試合でわずか2失点しかしていなかったアヤックスの弱点とは? その中で菅原に与えられていたタスクとは? 現地で取材した中田徹氏が分析レポート。
12月9日、AZがカンファレンスリーグのラナース戦で1-0の勝利を収め、ピッチの上でチームメイトたちが勝利の余韻に浸っていた中、右SBの菅原由勢は一目散にロッカールームへ走っていった。
「次のアヤックス戦に気持ちをすぐに切り替えよう。早く家に帰って、アヤックス戦の準備をしよう。今度のアヤックス戦は、今年一番の試合だ。(8位のAZにとって)これ以上、アヤックス、PSV、フェイエノールトとの差を広げられるわけにはいかない」
菅原に与えられた役目は「ブリント潰し」
オランダリーグ3季目の菅原にとって、アヤックスのことはすでに頭の中に入っている。それでも改めて菅原は、アヤックスの左サイドでプレーする選手たちの長所・短所・癖などを映像で確認していた。
中2日という厳しい日程だったため、戦術練習こそできなかったが、パスカル・ヤンセン監督はアヤックスの欠点を丸裸にしていた。おそらく参考になったのは10月3日、ユトレヒトがアヤックスを0-1で破った試合だろう。アヤックスは下記のような欠点を露呈した。
1. CBティンバー、マルティネスに対して、ユトレヒトの2トップシステムは効果的だった。アンカーのアルバレスを含めれば、アヤックスは“3対2”の数的有利。しかし、ユトレヒトは、ビルドアップ能力の低いアルバレスを無視し、ティンバーとマルティネスのパスデリバリーとドリブルインを徹底的に封じ込んだ。
2. ユトレヒト戦のアヤックスは『ピッチの上の監督』ブリントをベンチに温存した(58分から出場)。すると途端にアヤックスは、選手間で問題解決ができなくなった。
3. アヤックスは最終ラインが敵陣に入り込んで、果敢に攻めるチーム。ユトレヒトは臆せず攻めることによってビッグチャンスを作ったり、その一歩手前まで攻略したりしていた。
試合前日練習直後のミーティングで、ヤンセン監督はアヤックス対策の大枠([4-2-3-1]から[4-4-2]に変更)を説明し、菅原もそこで右サイドハーフを務めることを知った。しかし、戦術の詳細に関しては、試合当日のミーティングで語られたという。
「お前は今日、めちゃくちゃ走らないといけないからな。それがお前のタスクである。守備も攻撃も走り続けろ」
そう菅原は告げられた。対面はブリントだった。
ブリントは密着マークを受けづらい左SBのポジションから、ゲームメイカーのような役割を担っていた。さらに、試合中に起こった問題を声や身振り手振りで味方を動かし、修正していく能力を誇っていた。その最たる例が、試合の入りで苦労したCLのドルトムント戦(4-0でアヤックスの勝利。MOMはブリント)だ。左のCBマルティネスは、必死の形相でブリントの指示を仰いでいた。
ブリントから離れた位置で菅原がポジションを取ると、「ユキ、ゴー、ゴー! ユキ、ゴー!」という声がどこからか(おそらくコーチングスタッフとチームメイトの両方から)飛んだ。どこのチームもブリントがアヤックスのキーマンの1人であることはわかっている。しかし、ここまで密着マークをブリントに付けたのは、AZが初めてだろう。
ブリントは「サイドアタッカータイプでない左SBの俺になんでここまでタイトにマークしてくるんだ!?」と面食らったはずだ。単純なパスミスを繰り返したブリントは、右サイドに流れたりして、なんとか現状を打開しようとしたが、自身のことで精一杯だった。つまり、AZは菅原の右サイドハーフ起用によって『ピッチの上の監督』としてのブリントを消し去ったのだ。
標的だったアルバレス交代で流れが一変
前半、アヤックスのチャンスはたった1回だった。0-0のままハーフタイムに入ったのは、AZにとってプラン通りだったはずだ。
AZの戦術はかなり守備的だったが、アヤックスに対して研ぎ澄まされた集中力で挑んできたことは間違いなかった。「相手に気圧されていた」と試合後のテン・ハーフ監督やタディッチ主将は答えていた。ハーフタイムのロッカールームで激しいゲキが飛んだのは想像に難くない。後半はアンカーのアルバレスもバイタルエリアにポジションを取って攻撃の圧をかけてきた。
50分、アヤックスの攻撃を凌いだAZは、左サイドを起点にカウンターを仕掛けた。センターサークル辺りで攻撃参加のタイミングを図っていた菅原は、左のハーフスペースに走り込んで、左サイドハーフのデ・ウィットからのスルーパスを引き出した。中をじっくり見て上げたクロスが、MFミチューの背中に当たってからCFパブリディスの先制弾につながった。
「あれは俺のアシストです!」。試合後の菅原は胸を張って言った。……
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中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。