J1でのスクラップ&ビルドの限界。“カタノサッカー”6年間の総括(2019-2021)
2016シーズン、J3に降格した大分トリニータの監督に就任した片野坂知宏。3年で2度の昇格を果たし、J1の舞台でも確固たるスタイルで存在感を発揮した。“カタノサッカー”はどのように発展を続け、そしてJ1の舞台で戦い続けるには何が足りなかったのか。このチームを追い続けたひぐらしひなつさんに総括してもらおう。
後編では、2019シーズン以降のJ1を舞台にした試行錯誤、2021シーズンの“敗因”、そして集大成となる天皇杯への想いを綴る。
2019シーズン:藤本という理想のストライカー、そしてJ1の壁
その理想形で国内最高峰のリーグへと殴り込んだのが2019年。開幕はアウェイ鹿島アントラーズ戦で、アジア王者の常勝軍団に胸を借りるつもりでJ1の雰囲気を楽しもうと言い合って、チームはのびやかにその舞台へと上った。
だが、試合が終わってみれば2-1で大分の勝利。2得点を挙げたストライカー藤本憲明は、そのキャリアをJFLでスタートしてここまでカテゴリーを個人昇格してきたというシンデレラストーリーにより、一躍時の人となる。JFL時代以来、全カテゴリーの開幕戦で得点するという記録も花を添え、一気に知名度を上げた。
18年の躍進も19年の驚きも、藤本の存在抜きには語れない。鹿島に続き横浜F・マリノスやジュビロ磐田、コンサドーレ札幌といったそうそうたるJ1勢から白星を挙げて上位に躍り出た大分の、独特のサッカースタイルは注目の的となり、そのフィニッシャーとして、藤本はクローズアップされた。
確かに藤本の得点感覚には卓抜したものがあるのだが、それだけではない。2018年に加入してしばらくは、戦術にフィットするまでに相応の時間、忍耐を強いられた。その結果、最後尾からのビルドアップを伏線とする得点機を、ボールがはるか後方にある段階から相手DFと駆け引きしながら演出するだけの戦術理解を成し遂げたのだった。
活躍した戦力が他クラブから引き抜かれるのも、小規模クラブの切なさだ。その夏に藤本がヴィッセル神戸へと移籍して以後、大分は一気にトーンダウンした。対戦一巡目が終わり、徐々に相手チームから戦術を研究され、シーズン序盤のようには勝ち点を積み上げられなくなっていた時期も重なった。
結局この6年間で、藤本以上に“カタノサッカー”の魅力を体現したストライカーはいなかったし、その後もそれぞれにストロングポイントの異なる実力派FWは獲得したのだが、チームとして彼らのポテンシャルを存分に引き出すことはできなかった。かくして大分は“J1の強度”の前に、深刻な得点力不足に陥っていく。
J1デビュー直後の快進撃中にも、ともにJ2から昇格したばかりの松本山雅には0-1で敗れており、J2で何度も対戦を重ねていた反町康治監督(当時)からしてみれば「大分の抑えどころくらい周知の事実」だったのだろう。
戦術の特徴が明確なだけに、J2でも多くの知将による“カタノサッカー封じ”には苦しめられた。ケアのされ方はチームごとに様々だったが、往々にしてミラーゲームで苦戦し、ゴール前を固められると攻めあぐねてカウンターの餌食になりがちだった。
それがJ1のステージで再現されると、外国籍選手をはじめ強度の高いプレーヤーが揃う相手を上回るのは至難の業になる。ポジショニングでミスマッチを作り、時には奇襲を仕掛け、個の局面を避けるように多彩な工夫も凝らしたが、シーズン後半は勝ち点を積むペースががっくりと落ち、それでもスタートダッシュの貯金のおかげでなんとか9位フィニッシュした。
独自性の高いスタイルで放った存在感を評価され、2019年は前年のJ2優秀監督賞に続きJ1優秀監督賞に選ばれたが、強豪チームとのパワーバランスを前に、片野坂の戦術も徐々に守備意識の高い方へと軸足を移していく。すでにJ2で戦った2018年の終盤あたりから、「相手の攻撃機会を削るためのポゼッション」や「リスクマネジメント」という言葉が、指揮官の口にしばしば上りはじめていたのだが、J1ではさらにその傾向が強まった。J3やJ2の頃のように「ミスしてもいいからチャレンジしよう」とは言わなくなり、ゲームプランの焦点は「いかに粘り強く勝ち点を得るか」へと絞られた。もとより大味なゲームを嫌う指揮官は、その戦術にさらなる緻密なバランスを要求するようになる。
そうなると、ライトなサッカーファンにとっては「細かすぎて伝わらないサッカー」で、エンターテインメント性が希薄に感じられるゲームが増えた。足下に突っ込んでくる相手FWを高木がギリギリのところでかわすスリルや、リズミカルなパスワークで相手を剥がしていくテンポ良さ、相手を崩し切って悠々と得点を奪う痛快さ。“カタノサッカー”のそういった部分での魅力が影をひそめると同時に、バランスを重視するあまり、選手たちのプレーも自ずと消極的になっていった。
2020シーズン:緻密なメカニズムを蝕んだコロナ禍と選手流失
そんな2020年、世界がコロナ禍に見舞われる。
Jリーグもしばし中断し、新たなレギュレーションの下で再開されたが、特に大分のようなチームはその影響を濃く受けることになった。過密日程と交代枠5人制は、選手層の差をさらけ出す。さらに大分が続けていたルーティンを積み上げていくチーム作りも、5連戦6連戦が断続的に続く中では実施できない。
本来ならば戦術的に次のフェーズにチャレンジしたいタイミングだ。J1の1年目で徐々に相手から研究されたことを踏まえ、「相手がわかっていても上回れるサッカー」をと、特にスピードの向上を重視した戦術を浸透させようとしたのだが、選手の個性が上手くハマらず、一時は5連敗と苦しんだ。それを仕切り直して立て直し、さらに変則的な日程に苦しんだ選手たちが調子を上げた9月以降は盛り返して、11勝10分13敗で11位フィニッシュする。
そのシーズンのリーグ戦はコロナ禍での戦いに配慮してJ1、J2で降格制度が適用されず、逆にJ2およびJ3からの昇格のみが実施された代わりに、2021年J1は通常より2チーム多い20チームでの戦いとなり、そのうち下位4チームがJ2自動降格で前年の帳尻を合わせるという、より厳しいレギュレーションが予定されていた。それを見越しての、殺伐としたストーブリーグ。このオフの大分は、揺れに揺れた。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg