世界を股にかけプロサッカー選手としての歩みを止めることなく、同時にカンボジア代表チームを指導するという唯一無二のチャレンジを続けている本田圭佑。
指導者ライセンスを取得していない35歳の“監督”はSNS上で現行のライセンス制度への意見をたびたび口にしているが、実際のところ指導者としてどんなサッカースタイルを掲げ、どんなトレーニングを実践し、いかにチームをマネージメントしているのか。
長らくスポーツライターとして本田の背中を追い続け、現在はカンボジア代表のテクニカルスタッフとして彼をサポートしその指導を目の当たりにしている木崎伸也さんに、“指導者・本田圭佑”の実像をレポートしてもらう。
「名選手、名監督にあらず」
近年ヨーロッパサッカー界では、この格言の重みがますます増していると言えるだろう。
特にドイツでは、代表経験やプロ経験がない「ラップトップトレーナー」と呼ばれる監督たちが台頭している。その象徴がユリアン・ナーゲルスマンだ。28歳でホッフェンハイムの監督になると、RBライプツィヒでも勢いは止まらず、今夏33歳でバイエルンの監督に就任した。
2018-19にリバプールをCL王者に導いたユルゲン・クロップと、2020-21にチェルシーを同王者に導いたトーマス・トゥヘルもドイツ人。2人とも選手としてはドイツ2部が最高到達点で、A代表経験はない。
ただし、名選手が名監督になる例も依然としてゼロではない。昨季の欧州4大リーグの優勝監督のうち、3人は国際的な元名選手だ(ペップ・グアルディオラ、ディエゴ・シメオネ、アントニオ・コンテ)。
今年11月に41歳でバルセロナの新監督に就任したシャビも、この系譜に名を連ねようとしている。戦術のアップデートを怠らなければ、名選手のオーラがマネージメントで武器になるのは間違いない。
今後、どんなバックグラウンドの指導者が主流派になるかはわからないが、確実に1つ言えるのは「若手監督」の増加だ。
日本に目を向けると、小谷野拓夢(23歳)が福山シティFCを昨季の天皇杯でベスト6に導き、今季は広島県社会人リーグ1部から中国リーグへ昇格させた。元代表選手では戸田和幸(43歳)と岩政大樹(39歳)が大学サッカー界で監督を務め、飛躍の機会を伺っている。
そうした日本人若手指導者の1人に、本田圭佑もカウントしていいだろう。指導者ライセンスを取得していないが、2018年9月からカンボジア代表で実質的な監督を務めている(正式な肩書はゼネラルマネージャー。U-23代表を兼任)。
選手を続けながら代表を指揮するという点で異例だが、報酬を一切もらわない「ボランティア監督」という点も異例である。
今、筆者はそんな“異例監督”を、間近で見る機会に恵まれている。
スポーツライターとして初戦のマレーシア戦を取材に行ったところ、本田から「僕に質問する役になってください」と言われ、それ以来カンボジア代表の活動に参加するようになった(肩書はビデオアナリストだが、実体は雑用係)。
今回は“質問者”として同行し続けた内部からの視点で、“指導者・本田圭佑”について掘り下げてみたいと思う。
「こんなのは結果でもなんでもない」
まずは3年間の結果を振り返ってみよう。W杯2次予選で目につくのは、イラン戦の14-0やバーレーン戦の8-0といったアウェイでの大惨敗だ。日本でもニュースになったので、覚えている方がいるかもしれない。
「失点を避けるためだけにサッカーをやる監督を、何人も見てきた。そんなことをしても何も残らない」
本田はそんな信念を持っており、格上相手にも守備優先で戦わないのが大差がついた理由だ。
しかし、それ以外の試合を見ると、意外に結果を残していることがわかる。特に、U-23年代ではカンボジア史上初めて東南アジア大会(通称SEA games。東南アジアの五輪)でベスト4になり、同エリアの勢力図を塗り替えようとしている。
【A代表】
・パキスタンに勝利しW杯2次予選に進出(2019年)
・香港と引き分けW杯2次予選で初の勝ち点(2019年)
・グアムに勝利しアジアカップ予選に進出(2021年)
【U-23代表】
・東南アジア U-22選手権ベスト4(2019年)
・東南アジア大会ベスト4(2019年)
「こんなのは結果でもなんでもない。まったく結果を残したとは思ってません」
本田はそう振り返るが、2019年の東南アジア大会の準決勝と3位決定戦では、パプリックビューインが開かれるほど盛り上がった。カンボジアサッカー協会が今年3月、契約延長をオファーしたのも戦績を評価したからだ。
では、本田はどんなチーム作りを行なっているのだろう?
「大きかった」イタリアでの経験を生かしたピッチへの落とし込み方
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Profile
木崎 伸也
1975年1月3日、東京都出身。 02年W杯後、オランダ・ドイツで活動し、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材した。現在は帰国し、Numberのほか、雑誌・新聞等に数多く寄稿している。