偶然を必然に変える…ナーゲルスマンが解説する今季のバイエルン
10月上旬は、バイエルンのユリアン・ナーゲルスマン監督のメディア露出が目立った。ドイツの『DAZN』では、『DECODED(デコーデッド)』という新番組でRBグループを作り上げた稀代の戦術家ラルフ・ラングニックと自身の戦術について話し合った。
基本配置は昨季と同じ、コンセプトに差異
バイエルンやRBライプツィヒの試合では、対戦相手が深く引いてくることが多い。そういった時にナーゲルスマンが好むアプローチを本人が語っている。
「監督によっては、自分たちの4バックを広げて中盤にスペースを作ることを好む人もいる。自分の場合はもう1つ奥、相手のDFラインを開かせたい。ゴールは中盤にあるわけではなく、ピッチの末端にあるわけだから。そうすれば自分たちのアタッキングサードでスペースを確保することもできるし、ペナルティエリア内に多くの選手を配置することも可能だ。また、最大限の成功を収めるためにはカウンター対策も考慮に入れなければならないからね」
同時に、今季率いるバイエルンでは4バックを用い、昨季まで率いたRBライプツィヒで3バックを主に用いていたのは、メンバー構成が理由だったことも明かした。
「バイエルンには典型的なウイングの選手がそろっており、ライプツィヒにはいなかった。その代わり、ライプツィヒにはボランチ、センターハーフやトップ下を得意とする選手がそろっており、アンヘリーニョやムキエレのような攻撃的なSBの選手がいた。基本配置はプレーコンセプトとは関係ない。選手のパフォーマンスを最大限に引き出せるかどうかなんだ」
手元にいる選手に応じて最善の基本配置を構成するプラグマティズムの一端を見せた形となる。
バイエルンでは長らくチームに馴染んでいる[4-2-3-1]を踏襲した。とはいえ、ボール保持時のシステムは前任者のハンジ・フリックとは異なるという。「相手DFラインを攻略するためのアプローチが異なるからだ」とナーゲルスマンは語る。
攻撃とリスクマネジメントを同時に解決
その中で1つの例として、[4-2-3-1]から非対称スライドによって[2-3-4-1]を作るシステムを解説した。このシーンでは、右SBのスタニシッチが[3]の右に入り、左にスライドしたゴレツカ、中央のキミッヒと並ぶ。左SBのアルフォンソ・デイビスが[4]の左ウイングに入り、ムシアラがインサイドハーフへと絞る。
3列目の[3]と 2列目の[4]のうち、インサイドハーフ2枚のポジショニングによって、相手MFの選手たちを中央に固定させる。同時に両ウイングが大きく幅を取ることで相手SBないしウイングバックを引きつける。これにより、相手守備陣が前に出て来られないようにする。その上で相手のミッドフィールドプレッシングのエリアにボールを入れ、相手が出てきたところを質的優位によって外すことで、相手の最終ラインに対して数的優位を意図的に作り出すのだ。
同時に、この配置はカウンター対策も可能になる。ナーゲルスマンは後方の[2-3]という5枚の配置によって中央をきっちりと埋める重要性を強調する。「カウンターを受ける時、大外のレーンは比較的好きにやらせていい。ただ、ゴールへ直線的に向かう中央のルートは、絶対に閉じられていなければならない。CBから2列目の選手にリスクのある縦パスを入れる時に、3列目の3枚が常にボールの後ろでプレッシングに行ける準備をしていなければならない」とリスクマネジメントが欠かせないことも解説した。
ラングニックも「今季のバイエルンは、昨季までに比べてウンター対策が明らかに改善している」と評価する。
ペナルティエリア内に人数を割く効用
番組内での『DAZN』の統計によれば、今季、バイエルンが得点を決めた時にペナルティエリア内にいた選手の平均は4.6人。およそ5人がペナルティエリア内にいたことになる。多い時には流れの中から7人の選手がいたこともある。
これはリスクが多いようにも見えるが、偶然を必然に変えるための論理に支えられている。言い換えれば、偶然の産物に見えるかのようなゴールも、論理的にはリフレクションに備えて準備をした上での必然的なゴールである、ということだ。
ナーゲルスマンが「バルセロナ戦のレバンドフスキのゴールは、偶然に見える。だが、ペナルティエリア内に侵入している選手の数を見てみよう。人数が多ければ多いほど、こぼれ球が自分たちのところに戻ってくる可能性は大きくなる。それによって、カウンターを受ける可能性もぐっと小さくなる」と話せば、ラングニックはさらに詳しく説明する。
「我われは、それをよく“偶然を(強引に)作り出す”と呼んでいる。ボックス内に4人の選手が構えており、その後方には3人の選手がペナルティエリアを囲むようにポジションを取っている。これを可能にするのは、選手たちがゴールを決めようとする意欲だ。同時に、ボールがこぼれた瞬間にゲーゲンプレッシングを仕掛けようとする意志だ。これだけたくさんのゴールを決めているのも、偶然ではない」
ナーゲルスマンはそれを踏まえて「最悪のケースは、こぼれ球からカウンターを受けること。まずはこれを未然に防がなければならない。最善のケースは得点だが、監督としては最悪のケースを避けることを考えなければならない。こぼれ球からゴールを決められなくとも、カウンターを受けることは未然に防がなくてはならない。相手ゴール前に人数を割くことで、相手選手をできるだけ多く相手陣内深くに留めておくことができる」と結論づけた。
システム上の構造維持が今後の課題
前節のフランクフルト戦では、2度のカウンターから失点し、今季の公式戦初黒星を喫した。ナーゲルスマンは「このシステム上の構造を90分間に渡って維持し続けることが課題だ」と話す。
「シーズン序盤のうちは、まだ体力的に問題はない。だが、長いシーズンでは、いかに試合に応じてインテンシティを落とせるかが重要になる。シーズン終盤のタイトルを懸けた試合が続く時に、体力が残っているかどうかが明暗を分けるからね。そのためには、カウンターをできるだけ防がないといけない。カウンターを受けて各選手が70メートルを自陣に向かってスプリントをするのではなく、相手陣内で7メートルをスプリントすることで未然にカウンターを防ぐんだ」とリバプールのペーター・クラヴィーツと同様の見解を示した。
うまくいかなかったシーンとして、RBライプツィヒ戦の失点を挙げた。相手ペナルティエリア内のカウンターからアルフォンソ・デイビスが相手SBのノルディ・ムキエレに数mの余裕を与えたことで、失点につながったのだ。
ナーゲルスマンが言う“システム上の構造を維持する”とは、高い集中力を維持し続け、常に適切なポジションを取り続けるということ。たった1人が数mポジションを取らなかっただけで、致命傷になるからだ。
この後、すばやく守備組織を整えたものの、戻りながらの守備では完璧を目指す上でも難易度が上がる。CBのウパメカノがうまくスライドし切れず、サイドバックとの間のハーフレーンに空いたスペースを2列目に使われる。その穴を埋めるためにキミッヒが中盤の中央を空け、そのスペースに入り込んだ3列目の選手にミドルシュートを打たれて失点したのだ。
ナーゲルスマンは「おそらく3バックなら、この失点はなかった。ハーフレーンのスペースがカバーされていたはずだから。DFラインの正確な動きを維持し続ける難易度が高いことが、4バックの難しさだ。キミッヒが2列目の選手についていった意図は分かる。だが、DFライン前の中央のスペースは絶対に空けてはいけない。ポジションを維持しなければならないんだ」と守備の基本を徹底する難しさも明かしている。
欧州制覇を現実的な目標とするバイエルンにとって、数mのポジショニングというディティールがシーズンの明暗を分けることを示したナーゲルスマン。自身にとって念願のリーグ戦、そしてUEFAチャンピオンズリーグのタイトル獲得に向けて、本格化するシーズンに臨む。
Photos: Getty Images
Profile
鈴木 達朗
宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。