初挑戦の中盤に18歳、エリオットはなぜ適応できた? 神童の育成指導者たちの証言から考える
新シーズン開幕からまもないプレミアリーグ第4節リーズ戦で大ケガを負ってしまったリバプールの新星、ハーベイ・エリオット。今夏ジョルジニオ・ワイナルドゥムが空けた右インサイドMFの座を18歳にしてつかみかけていただけになおさら惜しまれる長期離脱となったが、神童はいかにして本職ウイングからのコンバートに応えてみせたのか。育成指導者の証言をもとに考えてみよう。
2019年5月4日、史上最年少の16歳30日でプレミアリーグデビューを果たしたハーベイ・エリオット。その2カ月後にフルアムからリバプールに加わった神童は19-20シーズン、右ウイングで先発したリーグカップ3回戦のMKドンズ戦でプロとして初のフル出場を果たす。
終了間際の90分、カウンターから左サイドでボールを受けたエリオットは、寄せてきた相手選手と入れ替わるようにドリブルの角度を変えてカットイン。ペナルティエリア内に侵入すると、素早くボールを持ち替えて逆足の右足を振り抜いた。ゴール右隅を強襲したシュートは惜しくもクロスバーに直撃したが、クラブOBのスティーブン・ウォーノックも「16歳とは思えない成熟したプレーだった」と唸らせるパフォーマンスを披露。リバプールのトップチームの一員として初出場した公式戦で、さっそく大器の片鱗をのぞかせていた。
その後もトップチームでは国内カップ戦を中心に経験を積んでいたが、20-21シーズンは開幕からまもない10月1日、4回戦で早くもリバプールのリーグカップ敗退が決定。そこで指揮官ユルゲン・クロップは、エリオットをブラックバーンへ期限付き移籍させる決断を下した。
さっそく右ウイングとして出場機会を得た17歳はチャンピオンシップで41試合に出場し、7ゴール11アシストを記録。第15節のミルウォール戦では、ペナルティエリアへ味方が落としたボールに、飛び込んだエリオットが得意の左足を一閃。GKの伸ばした手を超えて鋭く曲がり、ゴールへと突き刺さったダイレクトシュートは、クラブ年間最優秀ゴールにも選ばれるくらい鮮やかな一撃だった。
ファイナルサードで決定的な仕事をこなすウイングとして、着実に成長を見せていたエリオット。しかしブラックバーンでの武者修行から帰還した18歳は21-22シーズン、意外な道を歩むことになる。プレミアリーグ第2節バーンリー戦で先発に抜擢されると、[4-3-3] の右インサイドMFとしてピッチに立ったのだ。
前任者が語る「ウイング」と「中盤」の違い
エリオットに白羽の矢が立ったのは、昨季までオランダ代表MFジョルジニオ・ワイナルドゥム(現パリSG)が務めていたポジションだ。2人にはウイングとして評価を高めながら、若くして中盤に活躍の場を移しているという共通点がある。しかしフェイエノールトの下部組織でMFの楽しさを覚えた前任者は、16歳でトップチームデビューを飾った当初から、自身がポテンシャルを開花できるのは中盤だと強く自負していた。それなのに、まずはウイングを中心に任されていたのには理由がある。
「僕がドリブルばかりしている姿を見た彼ら(監督たち)に言われたんだ。『頭を下げて歩き過ぎだ。ピッチ上のあらゆるところを見ることができていない。中盤でプレーするならすべてを見なさい』とね」
ワイナルドゥム本人がリバプール公式サイトで明かしている通り、タッチラインを背にボールを待って前を向き1対1を仕掛けるウイングとは違い、中盤では前にも横にも後ろにも動かなくてはならず、さらに一度ボールが来れば全方位から襲ってくるプレッシャーに対処しなければならない。異なる環境では新たに状況判断力が求められるが、170cmのエリオットは屈強な体格を持つバーンリーの選手たちの包囲網を、類まれな戦術眼で打開していった。
中でも圧巻だったのは25分のプレーだ。ライン間のわずかなスペースを見逃さない絶妙なポジショニングでジョーダン・ヘンダーソンから斜めのパスを引き出したエリオット。ペナルティアーク手前で対面のDFが手も足も出せない巧みなボールタッチで反転し中央へ相手の注意を集めると、右サイドの死角から回り込んできたモハメド・サラーに絶妙なスルーパスを通す。
サラーがワンタッチで流し込んだゴールは惜しくもオフサイドで認められなかったが、彼の技術力はもちろん、状況判断力の高さもうかがえるワンシーンだった。今季序盤戦の大一番となった第3節のチェルシー戦、さらには第4節リーズ戦でも中盤の一角としてスタメンに名を連ねた18歳は、幼い頃から憧れていたクラブでの定位置確保に向けて着実に前進していた。
ところが驚くことにエリオットは、中盤で育ってきた選手ではない。右インサイドMFとしての挑戦は、今夏のプレシーズンから始まったばかりだった。練習試合5戦にわたり新ポジションで試されていたため、クロップが計画的にウイングからの改造を進めていたかのようにも見えたが、CLグループステージ第1節ミラン戦後の会見で指揮官の口から明かされた真相は違った。
「彼(エリオット)がそれ(インサイドMF)を自然とこなしてくれる姿を見られて良かったよ。彼のような若い選手に、5000もの(たくさんの)情報を与えて混乱させる必要はない。とにかくプレーさせて、その様子を見てあげればいいんだからね。そこで何を生まれながらに備えていて、どこに助言を求めているのかを判断していく。でも、彼にはあまり助言が要らなかったよ」
つまり新境地開拓の裏には特別な指導があったわけではなく、初めて与えられた役割にエリオットが自ずと適応していったということ。では彼は育成において、どのように中盤で必要とされる状況判断力を身につけてきたのだろうか。その成長を目の当たりにしてきた指導者たちの証言から考えてみよう。
年上の選手たちに揉まれたQPRアカデミー時代
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Profile
田丸 由美子
ライター、フォトグラファー、大学講師、リバプール・サポーターズクラブ日本支部代表。年に2、3回のペースでヨーロッパを訪れ、リバプールの試合を中心に観戦するかたわら現地のファンを取材。イングランドのファンカルチャーやファンアクティビストたちの活動を紹介する記事を執筆中。ライフワークとして、ヨーロッパのフットボールスタジアムの写真を撮り続けている。スタジアムでウェディングフォトの撮影をしたことも。