弁護士も頭を悩ませる「なりすまし」問題。 「費用倒れ」の現状を変えるためにできること
7月31日に公開した「『なりすまし』対応完全ガイド」では、SNS上で他人に偽装してJクラブやJリーガーを傷つける「なりすまし」の違法性と対処法を、藥師神豪祐弁護士と諏訪匠弁護士がわかりやすく解説してくれている。しかし2人はなぜ、専門家として相談や依頼を待つのではなく、記事を通じて法知識をオープンに共有したのか。背景にある法制度や法的手続きの複雑な事情について、詳しく話を聞いた。
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同じサッカーファンとして被害者の声に応えることに
――まずは読者の方々に向けて自己紹介をお願いします。
諏訪「諏訪匠と申します。都内の法律事務所に所属しておりまして、弁護士としては7年目になります。普段は相続や不動産関係の案件を担当しています」
藥師神「藥師神豪祐と申します。東京都内の恵比寿で法律事務所を開業しています。主に企業の法務部業務を受託していて、その中で国内外のプロサッカークラブやエンタメ企業、IT企業さんと仕事をしていますね」
――当編集部でも前々からなりすましに関する記事企画はありましたが、法的な知見が必要となるので慎重に検討していたところ、藥師神先生から記事を執筆されたというお話をうかがい、掲載させていただきました。お2人がご作成を始めた背景を教えてください。
藥師神「きっかけはプロサッカークラブさんと仕事をする中での雑談ですね。『最近「なりすまし」が増えているんですけど、何か対応方法はないですか?』という話題が上がるようになりました。そんな中で、友人からとあるクラブのサポーターの方を紹介されて、詳しく事態を把握することができました 」
――そもそもなりすましとは、どのような行為を指すのでしょう?
諏訪「なりすましというのは、あるユーザーがインターネット上で他のユーザーのハンドルネームやプロフィール写真を盗用して、あたかもその個人や団体のように振る舞う行為を指しています。そうやって他のサポーターになりすましたユーザーが、クラブや選手のSNS投稿に対して攻撃的な投稿を行う事案が最近増えているという背景があります」
――私もTwitterであるJクラブのサポーターになりすましたアカウントが、他クラブの試合結果を報告するツイートにそのクラブやその地域への侮辱、さらには特定の選手への誹謗中傷や差別的表現を含むリプライを飛ばしているのを見たことがあります。そこに試合後で感情的になっていたサポーターがなりすましだと気づかずに非難して、なりすまされた方の名誉が傷つけられるなど被害が拡大していました。
藥師神「私が確認した限りでは、TwitterだけでなくYouTubeやInstagramなど、様々なSNSでサポーターになりすまして誹謗中傷や差別的表現を投稿する事案が発生しています。例えばTwitter だけで活動しているサポーターがアカウントを持っていないInstagramでなりすまされ、身に覚えのない誹謗中傷や差別的表現が選手のライブ配信で投稿されるような事案もあり、自分が被害者だという自覚のないまま名誉を傷つけられてしまうこともあると聞きました。私自身、弁護士業務の中でSNS上の誹謗中傷や差別的表現の事案に対処をしてきた経験もありますので、何かの対策が取れればと考え、諏訪先生に声をかけさせていただきました」
諏訪「藥師神先生は高校からの同級生で、弁護士になってからも連絡を取り続けている仲なんです。お互いにサッカーが好きで、普段からLINEでサッカー談義をよくしているくらい(笑)。私は鹿島アントラーズをずっと応援していて」
藥師神「それこそ大学生時代に諏訪先生は京都に住んでいたんですけど、わざわざ東京の私の家に泊まってカシマスタジアムに行っていたくらいの熱狂的なファンですからね」
諏訪「そうですね。コロナ前は東京駅から毎週のようにカシマスタジアムへ通っていました。今は多くのクラブもなりすましの対応に迫られていて、実際にJクラブもガイドラインや声明を発表しながら注意喚起をしていますよね。誹謗中傷や差別的表現の標的にされている選手も精神を削がれていますが、一人のサッカーファンとして彼らにはサッカーに注力してほしい、余計なことに時間や労力を取られてほしくないという想いがあります。やっぱり素晴らしいプレー、試合が見たいですから。なりすましを撲滅できればサッカーがよりよいものになるのではないかと考えたので協力しました」
サポーターも知っておきたい「著作権問題」
――お2人ともサッカーファンなんですね。ここからは法律の専門家としてのお話もうかがいたく、まずなりすましに違法性はあるのでしょうか?
諏訪「なりすまし行為を細分化すると、なりすます行為そのものとなりすましたSNSアカウントでの他者への行為、という2段階に分けることができます。前者のなりすまし行為そのものを違法とすることは現状では難しく、まずSNSアカウント作成時の行為に着目します。他人の写真を無断でプロフィール写真としてSNSアカウントに掲載する行為は、被写体となった人が容貌を許可なく利用されないよう保護を受ける権利、肖像権の侵害に該当しますね。それが写真ではなく絵やイラストだった場合は、それらの作品の作者や権利者の許可なくインターネット上でアップロードすると著作権の侵害として扱われますが、原則として親告罪なので権利者が訴えない限りは罪に問われません」
――一般的なサポーターの中にも、SNS上で選手やクラブが上げた画像を自分のプロフィール写真や投稿として無断使用されている方がいますが、放置されていますよね。
藥師神「人物の顔であれば肖像権、何かのキャラクター、例えばサッカークラブのマスコットなんかもそうですが、そういったものであれば当然そのコンテンツの権利を持っている事業者に著作権が帰属しています。そのため、厳密に見ていくと無断使用は個別の法令に違反していることがほとんどです。権利者側からすると、消してくださいということはもちろん言えます。事業者としては、自社のコンテンツをどのようにコントロールするかは様々なポリシーがありますので、キャラクターを用いて暴言を吐くなど、悪用されている場合には当然すぐに措置を取りますが、そうでない場合に黙認するか措置を取るかは様々な考え方があります」
諏訪「それに厳密に肖像権や著作権と言い始めたら、SNSは成り立たなくなってしまいますよね。厳格に対処するとなるとネタやパロディにすることも許されなくなってしまうので、見逃している個人や団体も多いです」
藥師神「例えばコミックマーケットなんかは無断で二次創作物の作成や頒布をしている著作権侵害の温床という側面は否定できません。ただ、それがきっかけで元の作品の人気が出たり、知名度が高まることもあるので、暗黙の了解として許されていたりする。ただし、現行の著作権法制度からしますと、権利者には無断使用されない権利がありますので、権利者側がどのようにコントロールするかという話になります。最近の例としては二次創作についてどこまで許容するか、どこまで制限するかというガイドラインを、権利者側が積極的に定めるケースも増えています。これにより健全な活用が促され、不適切な使用を抑制することができていますね。Jクラブも公式サイト上で著作物使用に関するガイドラインを作成し、公表しています。とはいえ、いずれにしても悪質な利用は、法的にも、権利者のコントロール上も認められていません。また、必ずしも悪質とは言えない場合であっても、例えば他人の肖像や他人の著作物を自分のアカウントでアップロードした時点で著作権法上、公衆送信権の侵害に該当します。どうしても共有したい場合は、画像を保存して自らアップロードするのではなく、適法にアップロードされたものをTwitterのリツイートで紹介するような形で拡散するほかないです。ただ、黙認の領域もある部分ですので、弁護士が相談されると回答の仕方は難しいですね」
――SNS上では、有名人になりきるbotのようなアカウントもありますよね。サッカー監督やサッカー選手のbotも存在していますが、そうしたパロディやオマージュと著作権侵害の間に境界線を引くのは弁護士の方でも難しいと。
諏訪「そうですね。まずは第三者から見て本人っぽいかどうかが一つの出発点になります。一応アカウントにbotと書いてあれば本人と誤認させる目的ではないとわかるので、その点ではなりすましとは区別して扱うことができます」
藥師神「付け加えますと、著作権は画像だけでなく発言内容にも発生していて、『こんにちは』のような挨拶など誰でも使うような表現は例外ですが、SNS上に投稿された文字列についても基本的には著作権が発生しているので、それをbotのように無断でトレースしたりすると侵害に当たり得ます。一方でbotが本人の発言していない内容を投稿すると、今度はなりすましと同様の問題が発生します」……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista