東京五輪で金メダルを目指すなでしこジャパンにとって、グループステージにおける最大のライバルは、第2戦で激突する英国代表だろう。
英国代表は、2年前の女子ワールドカップでイングランドが4強に入ったことで五輪出場権を獲得し、今大会にはスコットランドとウェールズのメンバーも加えて“チームGB”として出場している。
そんな英国代表には、最強の姉を持つプレーヤーがいる。それがイングランド代表のアタッカー、ニキータ・パリス(27歳)だ。2年前のW杯で全試合に出場してイングランドの躍進に貢献した彼女は、今回初めて五輪に出場する。しかし、彼女にはオリンピックを知る心強い味方がいるのだ。
2012年ロンドン五輪に出場したパリスの10歳上の異母姉、ナターシャ・ジョナスである。とはいえ、ジョナスが立ったのはサッカーピッチの上ではなく、四角いリングの上だった。
姉はボクシングの英国代表
37歳の今でもプロボクサーとして活躍するジョナスは、アマチュア時代の9年前、女子ボクシングが初めて五輪種目に認められたことで“オリンピアン”になるチャンスを得て、英国初の“五輪女子ボクサー”として歴史にその名を刻んだ。
残念ながらベスト8で、金メダルに輝くケイティー・テイラーに敗れはしたが、その勇姿を見たパリスは感銘を受けたという。「2012年は姉のボクシングを見たので、あの大会は思い出深い」とパリスは英紙『Liverpool Echo』に語る。「姉は英国代表として初めて五輪のリングに立つ女性となった」
「あれから何年も経つのに、姉は今でもプロボクサーとして活躍している。私にとって刺激になっているわ。姉が英国代表として出場し、私も(今回)英国代表として出場するのだから、大きな意味を持つ。姉からは色々なアドバイスをもらっているわ」
実は姉のジョナスも若い頃はサッカー選手を目指していた。奨学金制度でアメリカの大学に招かれるほどの腕前だったが、ケガで夢を断たれることに。帰国後はやる気を失い、職を転々としたが、地元のジムで出会ったボクシングに打ち込み始め、気づけば五輪に出場していた。
そんな姉のためにも英国史上初のサッカー競技での金メダルを目指すパリスだが、彼女が背負うのは姉の想いだけではない。彼女は、スポーツ選手を目指すすべてのイギリス人女性の代表としてピッチに立つのだ。
少女たちの憧れの存在に
パリスはフットボールが盛んなリバプールで生まれ育ったが、最初は少年チームしかなく、そこでサッカーを始めた。数年してパリスを中心に女子チームが作られ、そこでの活躍が認められてエバートンの女子チームに引き抜かれた。だが、生粋のリバプールファンだったというパリスは、姉のジョナスいわく「たまにエバートンのユニフォームの下にリバプールのシャツを着ていた」そうだ。
パリスはその後、エバートンやマンチェスター・シティで活躍しながら、リバプールの大学で学位も取得。2019年に世界最高の女子クラブであるフランスのリヨンに引き抜かれて日本代表DF熊谷紗希と一緒にプレーし、今年7月にはアーセナルに加入して来季から岩渕真奈と同僚になる。
2019年にイングランド記者協会の年間最優秀選手に選ばれるなど輝かしい実績を残している彼女は、自分が成功できた恩返しとして、後輩たちに活躍のチャンスを提供するようになった。24歳の時、リバプールの大学やスポーツメーカーと提携し、大学内に自分の名前の頭文字をとった「NP 17アカデミー」というコースを設立したのだ。
「この地域社会が私にチャンスを与えてくれた。それを他の少女たちにも与えたい。スポーツに携わる次世代の女性の手助けをしたい」とパリスは『BBC』に語ったことがある。彼女のピッチ内外での振る舞いは、スポーツ界に憧れを抱く少女たちの希望なのだ。
そんな妹パリスについて、姉のジョナスはスポーツ専門サイト『The Athletic』でこんなことを語っている。「2019年の女子W杯で(準決勝の)イングランドvsアメリカを観戦した時、私の娘も興奮していたわ。それから数週間、ずっと娘はこう言っていた。『ママ、私も叔母さんのようなサッカー選手になる!』ってね」
“最強の姉”から刺激を受けた妹は、今では英国中の少女たちに夢を与える憧れの存在なのだ。
Photos: Getty Images
Profile
田島 大
埼玉県出身。学生時代を英国で過ごし、ロンドン大学(University College London)理学部を卒業。帰国後はスポーツとメディアの架け橋を担うフットメディア社で日頃から欧州サッカーを扱う仕事に従事し、イングランドに関する記事の翻訳・原稿執筆をしている。ちなみに遅咲きの愛犬家。